2章ー1 ≪夢の中の死人≫
2章 ≪夢の中の住人≫
さて、読者の皆様に、ここで問題です。
人間は空を飛べますか。
答え。飛べません。
ということで(どういうことで?)僕は今空からまっさかさまに落ちています!
「誰かたすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
誰だよ!人間は空を飛べる!とか言い出したやつは!人間は羽ついてないんだよ!とべるわけねぇんだよ!
「って、そんなこと言っている場合かぁぁぁ!」
視界いっぱいに広がる青い空。視界には草の生えた地面。僕は惑星の重力に引っ張られているのだろう、どんどん加速していく。僕の人生、始まったばかりでジ・エンド確定。生まれ変わったばっかりなのにもう死ぬんだ僕。まだ、世界最強の魔法使いになったり、かわいい女の子たちのハーレム作ってないのに!
地面があと数メートルといところに近づいてか、僕は必至に目をつぶった。せめて痛くないように!叫んで気を紛らわす作戦にでた。
「ああああああああああああ!」
ぼふん!と、音がした。
来る!と思っていた衝撃は時間がたっても来なかったのだ。あれ、おかしいなと、恐る恐る目を開けたら、なんと目の前が真っ白だったのだ。冗談でもなんでもなく。
は?どういうこと?と思いつつ体を動かしてみる。手足が動く。顔が上がった。
視界は白い世界から色のある世界になった。
どうやら、僕は、空から落下して、この白い柔らかいものに突っ込んだらしい。手足は動くことには動くが、白い柔らかいものに足をとられ、うまく動けない。立ち上がってみたら、全身に白いものは一緒にくっついてきた。なんだろう。この白いもの。顔についていたものを少しなめてみたら、甘かった。生クリームのようだ。
今僕は、どこかの地下室みたいな場所にいるのだろう。大きめの石を積み重ねて作られた空間であるのはわかる。上をみたら、穴があった。その穴からは、さっきまで見ていた青空が見える。
そうか、僕は空から落ちて、この穴に入り、生クリームに突撃したということか。僕は生クリームのおかげで助かったということだ。
……うん。笑い話じゃないからね。本気だからね。ついでに言うと、体にくっついた生クリームが気持ち悪い。シャワー浴びたい。命の恩人である生クリームだけど早くシャワー浴びて流したい。生クリーム空間から出たい。そう思った僕はこの生クリームの空間を脱しようとした。幸いにも生クリームは僕を中心に少し大きな円を描いている範囲にしかない。足場生クリームとか歩きにくくて仕方がないが、そこは我慢する。
「……あぁ、もう!動きにくい!」
ごめん、我慢するとか言ったけど我慢できなかった。これマジ無理。つらいです。心折れました。なんだか、生クリームゾーンが小さく感じてきたのはせめてもの救いだ。ついでに、僕が比較的甘党であったことにも感謝する。甘いのが嫌いだったら僕はもっと早くに心が折れていた。
最初から精神を消耗しながらも、僕は生クリームを脱した。あほみたいな話だが全て本当のことである。疲労困ぱいの僕の視界には小さな木の扉が写った。何年もそこにあったかのように扉は程よく色あせていて、アンティークのような深みを出している。しかし、僕の膝くらいまでしか高さがない。ほふく前進すればなんとか通れそうだが、こんな小さな扉誰が使うんだろう。
「わたしのいえでなにしてるの!騎士団にいいつけますわ!」
「ん!!ご、ごめんなさい!!人の家だとは知らな……」
僕の背後で声がした。かわいらしい女の子の声。声は聞こえるのに、後ろをふりかえっても姿が見えない。え、ホラーですか、これは。僕怖いの苦手なんだけど。ホラー映画とか見たら夜怖くてトイレに行けなくなるタイプなんですけど。
「どこみているの、こっち!まったく、レディに対して失礼だわ!」
なんのことはない。女の子はただ背が小さいだけだった。いや、小さいで片づけるには小さすぎる気がするけど。レディは僕のすねくらいまでしか身長がない。こういう人を小人というのだろうか。なるほど、この小ささなら、先ほどの扉の小ささも説明がつく。
それにしても、もともと身長が小さいといえど……普通の人間の大きさだったとしても、これはロリコン歓喜な幼女っぷりである。まじまじと、僕は小さな淑女を観察した。
まず、全体的に見た目が幼い。光り輝く金色の瞳に、その瞳に負けないくらいの輝きを持つブロンドの髪はつやつやと光を放っている。まさに雪のように、という形容詞がふさわしい白い肌はすこしも曇りがない。鼻立ちも整っていて、幼い外見ながらもすでに美少女の領域であり、今後の成長がどれほどの美女になるのか、恐ろしくもあり、非常に楽しみでもある。光源氏なら迷わず手元に置いて育てていきそうだ。
ふりふりのレースがついた王宮の舞踏会で着そうなドレスを身にまとって、舌足らずな「レディの言葉」を一生懸命真似して、レディを演じているところがまたいじらしい。念のため言っておくと、僕はロリコンではありません。絶対に。
「すみませんでした。なんだか知らないけど僕不法侵入していたみたいですね。でも悪気はないので、すべては自称神様のあんちきしょうがやったことなので、僕に責任はないはずでうわぁぁぁぁぁぁぁ」
「いま幼女ってばかにしたなぁ!これでもわたし15歳よ!」
お願いだから、もう幼女って言わないから、すねをタコ殴りするのはやめてください。地味に痛いです。
だが、普通の大きさだとしても15歳には見えねえぞ?
「大変申し訳ありませんでした」
僕は今、自称15歳の幼……レディ(殺気を感じたぞ、怖)の前で土下座をしている。
「わかればいいのよ。今度幼女って言ったら……」
途中で言葉を切るレディ。目が据わっている。
言ったらなんですか。なんでそこで切るんですか。なんでそんな目をしているのですか。めちゃくちゃ怖いんですけど、僕何されるんですか。
数分間の攻防の後、僕は完全に彼女に降伏した。僕と彼女の身長差が、それこそ巨人と人間くらいの差があるのでかなりシュールな図になっているのだが、そんな身長差をものともしないぐらいに彼女は僕を屈服させたのだ。何をされたのかは……女にはわからない苦しみというのがあるのだよ。
とにもかくにも、彼女に、ここにきた経緯を説明して(空から降ってきたと言ったら残念なものを見るような目で見られた)からは、理解できないながらも彼女はしぶしぶ納得してくれたみたいで、騎士団に突き出すことはやめてくれた。
ただ、急にケーキを壊した(あの生クリームは大きなケーキだったようだ、彼女のものではないらしい。誰が食べるんだろう)巨人に対して怒るのは当然だろう。僕はずっと彼女に対して頭を下げて誠心誠意謝罪を続けていた。
身一つで空から放り投げられた僕は何も持っていない。土下座で赦してもらえるのなら安いもんだ。
「……もういいですわ。顔をあげなさい」
観念したのか、彼女が告げる。僕はゆっくりと顔をあげる。女の子は首から下げた懐中時計を手にしていた。懐中時計とはいっても、体に対して、とても大きい。この子の顔くらいの大きさはありそうだ。重くないのだろうか、と単純に疑問に思う。
「まったく、むだな時間を過ごしてしまったわ。お茶会に遅れてしまうじゃない」
「お茶会?」
「お茶会よ。おいしい紅茶を飲んで、甘いお菓子を食べて、友達とおしゃべりして楽しい時間を過ごすの。急がないと間に合わないわ」
お茶会……女子会みたいなものかな。どの世界でも女子のすることは基本的に変わらないのかな、なんて思ってしまう。
「へぇ、楽しそうだね」
「ちょうどいいわ!あなた、私を乗せていってくださらない?」
「乗る?」
「肩にのせてもらいたいの、そのほうが速そうでしょ?不法侵入&器物損壊しているのだし、連れて行ってもらえれば見逃します。それくらいよろしくお願いしますわ」
ものを頼む体で言っておきながら、断れない条件をさらりと付けてくるあたり、弱みを握られたら逆らえない人種になりそうだ。というか、サイズ的にこの子はそもそも人なのか。将来の成長がまた違う意味で恐ろしくなった。
漫画とかでよくありそうなシチュエーションだなぁとか思いながら、特に断る理由もなく、むしろ彼女がお茶会に遅れているのは僕のせいであろうので、言われたとおりに肩にのっける。ちょこんと足をそろえ、澄まして座っているところは本物のレディみたいだ。
「あの、僕、場所知らないんだけど……」
「わたしが案内するから大丈夫よ。さ、そこの扉から出て」
女の子が指差した場所は僕でも余裕で出られる大きさの、扉。この部屋、いろいろ都合がいいな。感心するな。
「さあ、時間がないわ。今日こそ遅刻するわけにはいかないもの!」
「遅刻常習犯かい!」
意気揚々と、金色の目を輝かせる女の子を乗せて、僕は扉の向こう、未知の世界へ走り出した。いつの間にか、僕は彼女のペースに乗せられていた。