5章ー15 脚本家は嘲笑う
ジュライさんをレオが背負い、急いでハルさんのもとに向かう。レオの驚異的な身体能力もあって、人ひとり背負いながら走ったとは思えないスピードで到着した。なんなら僕の方がレオに置いて行かれたくらいだ。あの身体能力、いつみてもチートすぎんだろ……。
前回と変わらず、背の高い木々に囲まれているこの場所は、日中であっても、まともに日が差さない。ここにいるだけで気分がめいりそうだ。過去に残酷な事件があったとなれば、なおさら。
そんなうっそうとした木々の奥、泉……ではない、沼のほとりにハルさんと、ロマーナさん、二人は立っていた。ハルさんは、ロマーナさんに背を向け、沼の水面を見つめている。
何か真剣な様子であったために、僕たちは身を隠した。ハルさんの真意がまだわからない。ハルさんは、背を向けたまま、後ろの彼女に声をかけた。
「ジュリーは今まさに、薬で死んだふりをしている。君と一緒になる未来を望んで」
「あら、予定通りですこと」
にこりと、美しい笑みをうかべ
「では、わたくしは彼を本当に殺しに行くことにしましょう」
そう、こともなさげに言い放った。
「え?」
予想のしていなかった言葉に、僕とレオは完全に言葉を失う。あまりの驚きぶりに、レオが、背中のジュライさんをズルリと落とした。それでも、彼は起きてこないみたい。
ジュライさんが落ちた衝撃で、静寂が破られる。二人きりだったはずの空間に現れた部外者たちにロマーナさんは一瞥をくれる。
その眼を見て、僕は確信した。あの人は、本気で言っている。
木陰で動揺する僕たちを見て、ロマーナさんは、またも、ジュライさんに向けていた笑顔と同じものを僕たちに向け、わざとよく聞こえるように話し始めた。
「わたくしが、最大のライバルであるキャピトル家の者と添い遂げるとお思いですか?しかも、家も継げない6男風情に。考えただけで虫唾が走りますわ」
虫唾が走る?
「どうにも、あの家は私たちにとってはとても目障りでした。なんとしても、排除したい。そう思っていたときに、私に惚れてくださるとは好都合」
何を言っているの、あの人は。本気だと体ではわかっていても、頭が理解をしようとしない。
ジュライさんが好きだって、そう言っていたのは、嘘だったの?全部、全部、二人で楽しそうに演劇デートをしていたのも……?
「それをわざわざ、私のために死んでくれという。こんな機会他にありますか」
ジュライさんに、一目惚れしたと告げた同じ口で、死ねと告げる。僕が見ていた彼女は、すべて、演技、偽りだったんだ!
だが、ハルさんは全く興味がないようで、振り返りもしない。ただ、手をジャケットの中に突っ込むだけだ。
「お前ならそういうと思っていた」
懐から出したのは、ネックレス。この花、どこかで見たことのある形だ。ところどころ、赤いシミが無秩序についている。
この前、ロマーナさんの家で彼女に見せたものとは別物らしい。この前のものよりも、塗装や宝石が所々で剥げているうえに、傷もたくさん入っているようだ。ロマーナさんの眼前に突き出し、問う。
「一つ聞きたい、これに見覚えが?」
「それが、何か?」
「冗談にしても笑えないぞ、昔から大事に首にかけているくせに」
無意識に移動させていた手で、ぐっと、首筋のネックレスを握る。
少し古いことを除けば、意匠はいま彼女が下げているものと何も変わらない。
変わっているのは、ハルさんが持っている方に、所々赤黒いシミがついているというところ……。このシミは……。
「血……?」
ハルさんも、こちらを向く。やっと僕らの存在に気付いたらしい。無表情のまま、あのハルさんが笑顔も作れないで、淡々と話した。
「……この光景を見せないために、ジュリーを寝かせて、見張りを頼んだというのに、君たちは連れてきてしまったんだね」
ちらりと、未だ眠る親友を一瞥し、僕らに声をかけた。
「君たちはすごいな、さすがジュリーが見込んだだけあるよ。ユー君。その通り、これは血だ。人間の。これは、ある人物が殺された時に、現場付近に落ちていた物だ。といっても、これは被害者の持ち物ではない」
「だから、何でしょうか」
「所々に血がついているこのネックレスは加害者の物だ」
「そんなもの、どこにでも売っていますわ」
「それはあり得ない。この家のために作られるネックレスだって、この前、あなた自身が否定しただろ?」
花をスライドさせると、分解できる構造になっていたらしく、中から写真が現れる。ハルさんが近くまで来て見せてくれた。
そこに彼女が家族の面々と離れて、隅に、ぽつんと立っている。そんな写真が入っていた。まぎれもなく、モンタナ家のメンバーによる家族写真だ。
「あいつが、死に際に残してくれた、手がかりなんだ」
「私が、ある方を殺したと?私は、それを持っていますわ」
「ああ、そうだな。今も首からかけられているのは確かだ。……それが、本物なら」
ロマーナは答えない。
「ずっとこれを探していたんだろ?」
「あなたが、持っていたなんてね。あれと私を結びつける唯一の道を」
「フリーエの仇……死んで……地獄で彼女に詫びろ……!」
「待って!」
ハルさんは、拳銃を取り出した。劇で使用している物とそっくりな、ただ、本物の、銃。
レオが飛び出して制止しようとするも、一歩間に合わず、ハルさんは躊躇せずに発砲した。
時間が、ゆっくり流れていた。
パンと、空気を切り裂きながら、弾はまっすぐにロマーナの心臓めがけ、あっさりと貫いた。
さすが俳優。自分の本心を一切悟らせず、自分の計画を遂行したわけだ。
思い通りの脚本を描いて。それを演じきった。友人の恋路を応援する陰で、淡々と友人の想い人の破滅を願っていた。あなたは、陰で、誰を嘲っていたの?
ロマーナさんは、どくどくと、心臓の鼓動に合わせて、血を流していく。衝撃で倒れた彼女の周りには、赤い水たまりがもうできている。こんなに血を流しては、まず、助からない。レオが彼女の出血量を見て、静かに首をふった。
緊張の糸が切れたように、ハルさんはその場に崩れおちる。両目からは、涙を流していた。拳銃を向けた手はそのままで。ただ大粒の涙をあふれさせる。
「リエ……やったよ……お前の仇をとったんだ……」
「どうして……こんなことを」
「どうして……そうだな。これは俺の個人的な復讐だ」
ゆっくりと、拳銃を地面に置いた。カタリと重厚な金属音がする。
「まだ寝ている……少し長くなるけど、聞いてくれるか?」
静かに、脚本家は過去を語り始めた。




