4章―19 囚われの姫君、囚われの心
【7】
イーとアイがようやく、結ばれた一方で、世界は最悪の状況を迎えていたといえる。
結果的に、アイの世界は信頼の証だった、『神の眼』と『アイ』というよりどころを失い崩壊寸前。街のあちこちでは隣の住人がウイルスではないかと疑心暗鬼になり、暴徒が発生している。そこらじゅうで、隣の隣人がウイルスなのではないかと疑い、恐怖して、意味もなく殴り合い、罵りあい、壊しあう。ウイルス化の影響は解かれたことは知らないのだ。怖がる感情を否定することは誰にもできない。
イーが、この世界の人間の自由を願っての行いだったとしても、この世界の住人では誰もその真意を知り、理解する者はいない。
混乱の真っただ中、イーとアイは、世界のかわりに大切な人と、自由を手に入れた。ずっと、ずっと願っていたことが叶ったんだ。イーにとっては最高の結末だ。
それが一生許されない業を背負うことになっても。
僕たちは、事前に用意していた隠れ家から、旅立つ二人を見送るところだった。
アイはイーに背負われ、紐を使って背中に固定されている。アイは自ら歩くことはできない。それだけでなく、目も見えないのだ。何をするにもイーが必要になる。
そんな二人の姿をみて、改めて、二人は本当に困難な道を選んだのだと、思い知らされる。
先の、イーのテロ行為により、街の治安は最悪といえる。少しは落ち着いたとはいえ、まだ隣人をウイルスと疑ってかかって、殴り合いが頻繁に起きている。それに乗じて、もともと貧富の差があったのだという、物盗りが横行し、夜はまともに外を歩くことすら危険になった。
そんななかで、イーは動けない、視えないという重度のハンディキャップを持っているアイを守りながら生活をしていかなければならない。それだけでも、アイには悪いけれども、ものすごく大変だ。
まだ顔が割れていないからいいものの、もし、イーがこの騒動の元凶だと知られてしまえば……死の恐怖に追われながら暮らす日々が待っている。
それこそ、地獄のような日々が待っている。
一通り準備を終えたイーが、僕たちに向かい、頭を下げる。背中でアイも同じく頭をさげた。
「ありがとう、ユー、レオ。二人のおかげで、俺は大事な人を失わずに済んだ。本当に感謝している」
「二人に、嫌な役目を押し付けて、ごめんなさい。そして、イーを見守ってくれて、ありがとう」
前途多難な二人、それでも、こうして気持ちが通じ合ったんだ。混乱の世の中、せめて、二人にとって幸福な毎日を過ごしてもらいたい。
「僕たちのことはいいんだ。二人とも、仲良くね」
「せめて、世界の代わりに、幸せになれよ」
「心配するなよ」
ふっと、自然な笑顔を見せるイー。あの、闇を宿した瞳で高笑いしていたイーは、今はどこかになりを潜めている。完全に消えたわけでもないが、アイがいる限り、しばらくは出てこないだろう。
「俺はすでに、この世で一番幸せな人間だ。誰にも邪魔させはしないさ」
アイを抱えてイーは歩き出す。二人は、混乱する街に乗じて、どこかに消えていった。
二人を見送った後で、僕とレオは二人、立ったままだった。僕は、レオに問う。
「これで、良かったのかな」
二人は、幸せな未来を胸に抱いて、新たな旅立ちをした。ただ、その道は、神の眼に保護……囚われていたときに比べて、険しい道なのは必至だ。
それは、二人だけに限られない。この街の住人も、偽りの幸せのもとでなぬるま湯につかって生きていたほうが、よかったのかもしれない。この混乱を前にしたら、そういう思いを捨てることはできなかった。
僕が、僕自身の判断で、こうなることをわかっていて、イーに協力したというのに、本当にこれでよかったのかと、後悔の感情が押し寄せてくる。僕に否定させてくれない!
レオは、どう思っているの?救いを求めるようにレオを見てしまう。その視線の意味を受け取って、レオは考えながら言葉を発した。
「アイは眼も見えず、足もない。本当に、イー無しでは物理的に動くことすらできない。イーも国体を壊した国賊として知られてしまえば、まともに表通りを歩くことはできない。二人とも日陰の生活を余儀なくされる。それこそ、明日の食にも困るだろう。それだけじゃない。主教の話が本当ならば、神の眼システムを失ったこの国は滅んでいくしかない。たったひと時の感情を優先して、この世界自体の未来を失った、のかもしれない」
「……それって、本当に幸せになれるのかな」
聞けば聞くほど、どうしようもなく暗い道だ。
「これが、二人の選んだ道だ。幸せになるのを、信じるしかないさ」
「そう、だね……」
「少なくとも、二人は、今幸せだ」
たとえ、これから絶望しかない未来だったとしても。
ただ、二人の行く先に少しでも幸せがあるよう、願うしかない。
『さて、お取込み中悪いけれども、そろそろ移動させてもよろしいかな?』
二人して何もせずボーっと立っていた。どれくらいそうしていたかわからなくなってきた頃、直接頭のなかに聞き覚えのある声が響く。ああ、神様だ。神様が僕たちに世界の移動を催促してきたんだ。
ここで、二人を見続けることはできない。わかっていても、悲しくはなる。
「嫌、って言っても聞かないんでしょ」
『さすが、すでに僕の性格を把握しているね』
「まぁね、なんとなく」
「何を一人でぶつぶつ言っているんだユー。もしかして?」
「そう、もしかして。もうこの世界から移動することになった」
「そうか……」
レオも、しんみりとした顔を見せる。やはり、この先の二人が気になって、名残惜しいのだ。
それにしても、レオには、この声が聞こえないのか。いや、別に聞こえなくても困ることはたいしてないのだが……と思っている矢先に、神様がとある提案をしてきた。
『あの、隣の勝手についてきた彼も、希望があればユーと一緒に次の世界に連れていくけど、どうする?いかないっていうなら、彼の元の世界に返すけど』
「レオ、次の世界、僕と一緒に行く?それとも、元の世界に帰る?って神様が聞いてきている」
へぇ、そんなことを言っているのか、と驚いたあと
「俺はユーと一緒に行くぞ」
『へぇ、男らしい返答だよ。気に入った』
そうレオは即答した。
僕の顔が真っ赤になるのがわかった。一瞬の迷いも見せない返答に、僕はとてもうれしくて、でも、少し怖くなる。
自分の世界に帰れるのに、本当に、後悔しないの?僕に、ついてきて、本当に、後悔しないの?
また、失ったりしない?
「ユー、どうした、いいだろ?それとも迷惑か?」
「あ、ううん。全然……むしろ、その……嬉しいよ!」
暗く沈みかけた思考の中から、レオが浮上させてくれる。
「じゃあ決まりだな」『じゃあ決まりだね』
レオと神様、二人の発言が耳と、頭の中で重複し、何とも言えない感覚になる。
『合意が揃ったところで早速移動しよう。次の世界はどんなところか、楽しみだね』
神様がそう言ったとたん、僕とレオの体が白い光に包まれる。手足から、徐々にその存在が消えていく。移動の時間だ。
どこかに去った二人の幸せを願いながら、レオとユーは世界の移動をするのだった。
……のちに、最も、これはレオとユーがいなくなってからのことの話であるが。
崩壊した神の眼の建物の中で、長らく行方不明であった主教が見つかったというニュースが流れた。レオとユーがいなくなってから、2週間がたとうとしていた。
血だまりの中、意識は不明であったものの、命に別状はない模様。今は意識もはっきりしている。
現場に残された弾の線条痕によって犯人を確定。
同じく、アイを誘拐した罪と、主教の殺人未遂の罪で、イーが、国中に指名手配されている。
これでこの章終わりです。お付き合いありがとうございました!
ここまで読んでくださっている稀有な方がいればもうお分かりだとは思いますが、よくある異世界転生物のように、チート能力でバンバン敵倒したりはしません。美少女とハーレムにもなりません。周りには野郎ばかりです。どちらかというと、いろいろな場所を観光して回っているといった方が正しいですね。 そんなどことも分類できない感じの謎の小説ですがお付き合いありがとうございます(二度目)。




