4章―18 囚われの姫君、囚われの心
アイを背負って、二人が神の眼を出て行ったのをイーは、アイの部屋の近くの別室で見届けていた。片時もアイから離れないと誓ったばかりだろうというのに、早速破ってしまったか。そう無念にも思いながらも、これから起こす光景をアイにだけは見せたくなかった。
大丈夫、ユーとレオは、信用のおける人だ。そう自分に言い聞かせる。
確かに、出会った期間は短い。だが、二人はこの世界の人間とは明らかに違う。それだけで、信用に足る。
いや、信用という生易しいものではない。あの二人の存在は、俺にとっても、アイと同じくらいの救いだった。
今、足元で主教が縄で縛られ、這いつくばっている。縛ったのは俺だ。もともと戦闘職だったんだ。非戦闘員を拘束するのくらいたやすい。それくらいできなければ、ウイルス退治なんてできやしない。
もっとも、ウイルス退治などというものは、すべて茶番だったわけだ。ああ、本当に馬鹿らしいよ。もっと早くにこうしていればよかったんだ。こんな世界など、あっても意味はないんだ。アイさえいれば、いいんだ。
俺を理解してくれるのは、アイしかいない。
足元で、うーうーと主教の唸り声が聞こえている。変だな、口は自由に動かせるはずなのに。あれだけ、自分の、神の眼の行いに饒舌に話していたというのに、今はうめくことしかできないというのは、惨めで、嗤えてしまう。
みぞおちに、一発蹴りを入れる。
「さぁ、話を聞かせてもらおう」
「愚かな……!こんなことをして、この国がどうなると思っているのですか」
「どうなるかって?わかっているよ。わかったうえで、こう言ってやるよ」
……そんなもの、どうでもいい
「愚かな……!」
またも、主教がわめいている。ああ、もうそれ聞き飽きたよ。違う抵抗を見せてくれよ。もう一度、みぞおちを蹴る。今度は強めに。
「愚かな……!」
だから、聞き飽きているんだって、そんなこと。他にさぁ、もっと、悪の親玉らしく命乞いでもしてみろよ。さぁ、早く。
ん?悪の親玉は、今は俺になるのだろうか。まあいいや、そんなこと。アイの前ではそんなこと、些細な事項だ。
もう一度、次はみぞおちではなく、脇腹を強く。
「愚かな……!」
だから、それはもういいっつってんだろ!
『対話』をしようって、言ってんだよ。他のことをしゃべれよ!
今度は、対ウイルス用の銃を構え、地面に転がっている主教の太ももをめがけて発砲した。パアン、と、火薬のはじける音がする。
ああ、ヤバいな。俺。そうひとりごちる。ウイルスの真実を知った時から、だんだんと、良心が無くなってきているのを感じていた。いや、本当は、ずっと、ずっと前から……。
発砲された弾は、狙い通りに、主教の太ももを貫通する。
「愚かな……!」
「どうして、お前は、そんなことしか言えねぇんだ……」
連続で発砲する。薬莢が、金属の硬い床に落ちて高い音を反響させる。
「愚かな……!こんなことをして、この国がどうなると思っているのですか」
「この期に及んで、お前は国の心配かよ!」
「愚かな……!こんなことをして、この国がどうなると思っているのですか」
パンッ、パンッ
「愚かな……!こんなことをして、この国がどうなると思っているのですか」
カラン、カラン……
「愚かな……!こんなことをして、この国がどうなると思っているのですか」
主教の体からは、銃撃したところからどんどん、血があふれている。もう床は一面赤く染まっている。それでも、主教は、意思を失わない、まっすぐな眼で俺を見てくる。まっすぐに、ただ一つ、同じ言葉を繰り返す。
嫌だ、その眼で見るな!ちゃんと、俺を見てくれよ!
まともに会話ができない奴ばかりで、狂ってしまいそうだ!
「お前も、『そっち側』の人間かよ……」
お前は、まともな人間だと信じていたのに。
「せめて、死んで人間であることを証明してくれよ……」
パン、と、最後の弾を撃つ。脳天めがけて、鍛えた正確さで狙いは絶対に外さない。
「愚かな……!こんなことをして、この国がどうなると……」
それきり、主教が声をあげることはない。
ヤンデレっていうかもう取り返しのつかない人ですね。