1章ー4 誰のためのプロローグ
【2】
ここでふと、おかしなことに気づく。なぜ僕が死んだなら、今僕はこうして真っ暗闇のなか五体満足の体を持ち、記憶をさかのぼって体に痛みを感じ、汗が噴き出て、心臓が動いているのだろう。僕は死んだのだぞ。普通は、幽霊とか、魂とかになって天国にでも地獄にでも行くのではないのだろうか。それとも、これは、僕が五体満足だと思っているだけで、本当は違うとか?
『天国にも地獄にも行かないって』
僕の思考を読んでいるのか、嘲笑うような声が聞こえた。
「じゃぁ、なんで今僕は『生きて』いるんだ。事故で死んだはずなのに」
『ちょっと、ね。僕の都合で「野崎悠佑君」には生き返ってもらったよ。』
「生き返り?そんなファンタジーな話あるわけ」
『君の存在が何よりのファンタジーじゃないか』
一瞬こいつはアホか、と思ったが、確かに僕は死んで、こうして死んだときの記憶を保持しながら思考を巡らせ生命活動を行っているわけである。まったく、わけがわからない。
『まぁ、あれだね。よく小説とかでありそうな転生ものとか、よみがえりものとか、そんなもんだととらえておいてくれよ。』
なるほど。一時期SFとかファンタジー系の小説にはまっていて、それらの小説を片っ端から読み込んでいた僕は、この説明にはすんなり納得できてしまった。要するに、前世とか、そういうものだろう。次の世を受けて、違う世界で旅をするんだ、この声の通り、小説ではよくある話ではある。しかし、理性で状況を理解しても、感情がついていかない。まさか、そんなことがあるわけないだろう。
「そんな無茶な」
『無茶なことが平気でまかりとおるのが、僕なのだよ』
「本当意味わかんない」
こいつのペースはよくわからない。口調も話し方も柔らかいが、一向に姿を見せてこないし、なんだか気にくわない。ついでに言うと、僕の名前を馴れ馴れしく呼ばれていることも若干、いやむしろけっこう気に食わない。
『とにかく、君は、「野崎悠佑」として生を受けているだ。君は、君のものだ。悠佑君……いや、ユー君は僕の言うことを適度に聞いてくれれば、あとは自由にしていい。第二の人生だと思って、好きにしてくれればいい。そして、そのついででいいから僕に協力してくれればいい。こんなチャンス、死んでももらえないぞ?』
死んだからもらえているのだろうが。
「自由に、って本当に自由に、か?」
『そう。強い魔法の力を得て人々にあがめられてもいいし、かわいい女の子をたくさん侍らせてもいい。逆に、ギャンブルで全財産をすって散財してもいいし、凶悪犯罪をしてもよい。君がどんなふうに過ごすかは、君次第だ。君だけの新たな人生だ。』
新たな人生、とは耳障りがよいものだな。どうせ、僕の死に際の体の状況を思い出すに、万が一にも息を吹き返すということは不可能だ。それは、体の所有者である僕が一番わかっている。こいつのことはなんだか気に食わないが、こいつの話の内容は興味が出てきた。
どうせ死んだんだ。僕は割と自由にしていていいみたいだし、こいつの言う通り第二の人生を歩んでみるのもいいかもしれない。
「僕に協力してくれ……って、僕は何をすればいいんだ?」
『お、乗り気になってくれたか!助かる~。とりあえず、僕の指定する世界に行って適当にやってくれればいい。本当にそれだけだ。ユー君の思うがままに行動してくれ』
『君が、君の思うままにその世界で行動することが僕に対する協力となるんだ』
なんだ、他の世界に行く、それだけか。他は自分の自由にしていいとか、ずいぶん適当だな。思わず疑問が口から出る。
「そんな適当でいいのか?」
『いいんだよ、適当でね。むしろ適当が最善、最良の結果を生み出す』
ニヤリ、と顔が見えたら笑っていそうだ。こいつの思考はよくわからない。
それにしても、第二の人生か、少し楽しみになってきたかもしれない。人生半ばで死んだ少年の扱いとしては破格の待遇であることには違いないし、願ったり、叶ったりだ。
『じゃ、早速出発しますか。これからよろしくね、ユー』
「まってよ」声の主が話を切り上げようとしているときに僕は重大なことに気が付いた。
「あんたの名前は何なんだ?」
僕の名前だけ知られているなんて不公平じゃないか。声の主は、僕のことを親しげに名前で呼んできている、それはなんとも気に食わない。
『ん?僕の名前?そうか、名無しじゃ呼びづらいよね。そうだなあ、なんて言おうか、うん、これがいい』
少しばかり間をあけてから、厳かに声は囁いた。
『神様、とでも呼んでくれ』
「神様?」
『そう、神様」
自称神様って。思っていたよりもかなり痛いものだな(見ているほうが精神的に)、と思っても仕方がないと思うんだ。この人中二病でも患われていらっしゃるのではないかと疑うほどにね。
『あ~今敬語で馬鹿にしたでしょ』
神様が、僕にあきれたような……視線はないので、口調で問いかけてくる。げ、ばれている。動揺がばれないように、そっと尋ねた。
「……本当に、神様、なのか?」
『さぁ、どうだろう?まぁ、本物かどうかはおいといて、便宜的に今つけたものだから気にしないでよ。僕の名前がないと君も不便でしょ?』
「まぁ、そうかもしれないけど……」
うまくこの人(いや、神様か)のペースに乗せられてしまったように思う。それでも、自称で神様を名乗る人(神?)もいるまい。
僕は、この人(神様)は相当な変人なんだろうと勝手に結論付けた。
『じゃ、もう質問疑問意見反論主張もないみたいだし、出発ってことで。がんばってねー』
神様が早口でなにかまくしたてた。その瞬間、僕は真っ暗闇のなかであったのが、まぶしい光に包まれ、そのまま意識を失った。
神様とか第二の人生とか、すごいことを言うじゃないか。意識が途絶える直前、柄にもなく、僕はわくわくしていた。