4章―14 囚われの姫君、囚われの心
【6】
「なあ、今日あるアイ様からのお言葉って何なんだろうな」
「いつもの礼拝の時間じゃないしなぁ、変なことが起きなければいいんだけど」
「さぁ……アイ様に何かあったのかしら」
そう言いながら、住民たちが街の人場に集う。その視線はすべて、街……国一番の巨大モニターに注がれている。
そこにいる住民は、時折時計を見て、今か今かと待ちわびている。
今日、アイ様から、重大発表があると事前に発表された。いや、正確には、公式に『神の眼』から発表されたわけではない。非公式に、噂で聞いたというほうが正しい。
曖昧な情報ではあっても、国のトップ、それも宗教的権威による発表と言われれば、聞かないという選択肢は国民であり、信者でもある住民たちにはなかった。それだけ、ここの住人達も、『神の眼』に依存している事実の現れだった。
動ける人は、いつも通り集まるように、この広場に集合している。ただ、普段とはその表情が違っていた。不安の色が隠せていなかった。
刻一刻と、発表の時間が近づいている。徐々に住民の中でも落ち着きがなくなってきた。
1分を切ったころから、騒がしかった広場がしんと静まり返る。
静まり返った広場に、ブツンと、モニターから音がする。
映像が、流れ始めた。
ウイルスが、街を蹂躙している。破壊されていく家屋、つぶされていく人々。
だが、その姿は、徐々に、青緑の光に包まれて小さく収束していく。
そう、この映像は、イーの指示で、ユーがウイルスの正体を暴くさまを、機械に不慣れながらもレオが撮影したものだった。
さすが、日常的に礼拝で映像を見て、録画という概念がある住人たちには、画面のなかで起こったことを素直に受け入れたらしい。静寂が支配していた広場に、ざわめきが広がる。
「え……どういうこと?」
「今、ウイルスが、人の姿に……」
「おい、あれって、俺の近所に住んでいる……」
「私の、夫……じゃないの……」
「ウイルスって、元は人だったの……?」
誰もが理解していないながらも、喧騒が広がっている中で、また、巨大モニターがブツンと音をたてる。次の動画が流れだした。
映像はない。ただ音声が流れる。
音声だけであっても、普段から神の眼を信仰する人々は、その声の主の片方は誰かわかったらしい。
『「巫女に、ウイルスの出現を予知する力はありません……大昔からね」
「で、でも実際にアイはウイルスが出る場所とかを当てていた……」
「巫女は、ウイルスの出現を知っていたから予知できたのですよ」
「……ウイルスは『神の眼』が作り出しているの?」
「別室で寝ている人は……信託を受けた人?この人たちが、ウイルス化するの?」
「これが、信託、と呼ばれているものです。もっとも、本当のことを覚えている人間は、人とわからないうちに殺され、消えていなくなりますが」』
それは僕たちがアイさんの部屋で主教と会話した内容そのままだった。これも、イーがいつの間にか、『神の眼』の警備システムから拝借してきたデータだ。アイの部屋には監視カメラが常に設置されていたが、そこから、僕らの必要な会話部分だけを切り取ってモニターに流している。
僕たちがアイに会いに行っているときですら、監視機能は動いていた。ただ、アイが他の人間に監視されたくないアイの希望で、すべてアイの個人のパソコンのみにデータが送られ、そこでアイの一番身近にいるイーに管理されていたのだ。それをとらえて、イーは最初に「監視機能はすべて支配下にある」と言っていたのだ。
この中途半端な、ある意味で杜撰な警備の方法が、イーには好都合であり、神の眼には最悪の事態をもたらした。
理解の追いついた住人から、阿鼻叫喚が広がる。街は、信じる神に裏切られ、世界はいっきに地獄へと落ちた。
騒ぎ出す住民を、高見から……神の眼の建物、最上階から見下ろす、イーがそこにはいた。