4章―13 囚われの姫君、囚われの心
「でも、俺には……あいつがいないと、俺の人生には、あいつが必要なんだ」
アイさんの思いを、受け止めたのだろう。しばらく何も言わずに黙って、考えて、考え抜いて、それでもと、イーは言葉を紡いだ。
そこには、大好きな人に捨てられて自暴自棄になるイーはいない。大切な人の思いを受けて、大切な人に守られているだけのイーはいない。
わかってくれたのか、アイの願いを、そう一先ず安堵する。少なくとも今すぐに自殺しようといった凶行には走りそうにない。
「俺は、アイが好きだ。アイと一緒にいたい」
まっすぐに『神の眼』を見つめ、アイのいるところを見つめ、ただ、思いをはせる。囚われの姫君のもとへ。ただ、そのまっすぐな瞳から、大切だという感情だけが伝わってくる。
「それなのに、俺は、アイのそばにいることは許されない、それがアイの意思であり、神の眼の、世界の意思だという」
こんなにも思いあっている二人だというのに、どうして結ばれないのだろうか。どうして、結ばれることが許されないのか。神と人として、袂を分かたなければいけないのか。僕には、納得がいかない。
こんな二人が、究極的には、都合のいい1個体でしかないのか。
「ねぇ、本当に、僕たち人間は、国のための、全体のための駒なの?アイやイーもそうだというの?」
はっと、レオが表情を変える。
「馬鹿ユー。何を考えている。馬鹿じゃないんだ、俺たちだけじゃどうにもならないって、お前でもわかっているだろう」
「でも、悔しいよ、何もできないのが悔しい。アイとイーに誰よりも幸せになってほしいと思っているのに、僕は何もできない。せっかく力を手に入れたというのに」
そう言って、僕は、リライトを発動する。青緑色に光る、実態のない板が現れる。相変わらずに読めないようで読めてしまう文字がチカチカと光っては次々に代わっていく。
その文字の情報から、僕はアイの様子をうかがっていた。まだ、アイは『神の眼』の建物最上階、その部屋にいる。ただ、何もしないで、視力のない眼で遠くを見つめている。
僕が、ちょっと、この文字列を『リライト』したら、アイは自由になれる……
そう、リライトに向かって動かそうとした人差し指をレオは力任せにつかむ。ぎりり、ときしむ音はした。身体能力が高いレオだが、僕の指が折れないように加減はしてくれている。
「アイをただ解放したところで、何も変わらないんだ。この世界が変わらない限り!それをアイも望んでいない。いたずらに国を、世界を混乱させることはやめろ」
「わかっているけど……」
「わかっているなら、むやみに力を使おうとするな、力に頼るな。力には、暴力には、重い責任が伴うんだ」
「だからって、レオはこのままでいいと思っているわけ!」
「ああそうさ、大多数のために少数の犠牲は仕方ないことがある、それくらい、俺は知っているよ。もともと世界を支配できる立場にいたからな」
ここで僕たちが喧嘩していても何も始まらない。わかっているのに。
僕とレオの口論が始まりそうになったときに、イーが口をはさむ。
「そうか……アイには、世界が邪魔なのか……」
小さすぎて、その声は興奮していた僕とレオには聞き取れなかった。聞き返しても答えてはくれなかった。
「ありがとう、二人とも。少し、みっともないところを見せてしまった」
「……少しではないがな」
「けっこう取り乱していたけどね」
今度は聞き取れた。なんだか、イーの様子がおかしい。そう思いながら、その異様な雰囲気にイーのなかで何があったと、口を挟むことはできなかった。茶化すのが精一杯だ。
「二人には、とても感謝しているよ。こんな俺に、叱ってくれた。アイの気持ちを伝えてくれた。おかげで、立ち直れた」
ふふっ、とイーが妖しく嗤う。背筋に悪寒が走る。
イーさんは、一見クールに見えて、実はアイに対する感情が隠せていない、お茶目な人だ。それが、こんな嗤い方をするような人だっただろうか。
街の中に響き渡るくらい、笑う。声が反響してイーが幾人もいるかのようだ。
怖い。イーが、知らない人みたいで、怖い。
「ハハッ、ああ、よくわかったよ。アイのいない世界など、俺には存在する意味がないってことが」
ゆらりと、立ち上がるイー。まっすぐに『神の眼』を見据え、口元をゆがめる。まるでこれから崩壊する敵を見下し、嘲笑うかのように。
「世界がなんだ、国民がなんだ、そんなの俺にはどうでもいい、俺にはアイさえいればいい」
そうだ、そうだよ、と独り言をつぶやく。「何を言っているんだ」という僕たちの叱責はもう届かない。一人、自分の感情のままに突き動かされている。
「たとえ、世界中を敵に回してもアイを助けに行く」
フフフ、アハハと、嗤い声をこぼす。まるで悪役のように。いや、違う。イーはもう、堕ちたのだ。手遅れなのだ。
「神の眼を、世界をぶっ壊す。協力してくれるだろう?」
危ない方向に吹っ切れてしまったらしい。イーは、意思のこもった強い眼をしていた。有無を言わせない雰囲気に、僕たちはうなずくしかなかった。
イーのその眼からハイライトは消えていたけれども。
僕とレオは互いに顔を見合わせた。この先、世界が、この人の手により混沌を迎えようとしていることは明らかだった。
どこで、選択肢、間違ったかな……。
作者はヤンデレ好きです。