1章ー3 誰のためのプロローグ
2
≪1≫
「……死ぬな!!」
という、僕自身の寝言で目が覚めた。大声出して、何があったのだと飛び起きてみれば自分の超絶大きな寝言のせいなんて、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
なんだかずいぶんと昔の夢を見ているような気がした。僕とヒロ死んでしまいそうな夢だ。夢のなかで全身に痛みを感じたとたんに目が覚めてしまったから、ヒロがどうなったかはわからない。最悪の目覚めだ。僕の鼓動も荒い。
あれは夢だと僕に言い聞かせ、荒れる呼吸を抑えているうちに、自分をとりまく環境の異変に気付いた。なんだ、ここは。思わず声に出そうになる。
「真っ暗じゃないか」
ただ、暗いだけなら夜遅くの街灯も月あかりもない道路とかで経験したことがある。しかし、僕が今いる状況はそれとは違うようだ。光がないから見えない暗さではない。 あえて言うなら、光など存在しない空間、とでも言おうか。暗いことがあたりまえな空間、といってもうまく伝わらないだろうが(僕の語彙の乏しさが恨めしい)。眼前に広がる闇はそれこそ、永遠の無であるようにも感じられる。そんななかでも、僕の手や足は、はっきり見えるのだからわけがわからない。
『お、気が付いたね』
突然、暗闇のなかで声が響いた。もちろん、今度は僕ではない。声質からして、男性のようである。けして万人が認める美しい声ではないが、胸にすっとしみとおる、そんな声だった。
『それにしても、豪快な寝言だったね。久しぶりに紅茶吹いちゃったよ』
うるせぇ。自分でも恥ずかしい思いを今したばかりなんだから、傷をえぐるな。
「あんた、だれだ」
大きな寝言を聞かれていた恥ずかしさを隠そうとして、高圧的な口調で問う。おそらくこの声は今まで聞いたことがないから、この声の主とは初対面なのだろうが、そんなことはお構いなしだ。
『ん?僕のことかい?』
「他にだれがいるんだよ」という野暮な突っ込みはのどのギリギリで止めておいた。
『そうだねぇ、なんて言おうか……まぁ、僕のことは後回しでいいよ。野崎悠祐君』
なぜ、僕の名前を知っている!?僕は驚きが隠せなかった。それに対し、声の主はたんたんとマイペースで僕を置き去りに語ってゆく。
『なぜ君の名前を知っているかって?細かいことは、後でいいんだ。とりあえず、悠祐はどこまで覚えているのかな?あんな大きな寝言言っていたくらいだから自分が死んじゃったことはかすかに覚えているみたいだよね。うん。なら話は早い』
僕が死んでいる?さっきの夢は、夢じゃなかったのか?
「お前、僕が死んでいるって、どういう……」
その時だった。僕の頭のなかにさっきの夢の光景がよみがえってきた。今度は夢ではなく、走馬灯の形で。死ぬときの全身の痛み、ヒロの苦痛の表情、響き渡る耳障りな爆発音、飛び散る自分の体の破片、コンクリート片。死ぬな、と叫んだこと。すべて思い出した。
あれは、夢ではなかった。僕は、夢のとおりに死んだのだ。
いきなり突きつけられた「現実」に膝から崩れ落ちる。僕は死んだ。僕は、死んだ。「僕」は死んだ。体中から汗が吹き出し、動悸が止まらない。体も、あの時のように痛む。手足が千切れる感覚さえしてくる。呼吸すらままならない。
『悠祐はわかっているんでしょ?自分は死んだってことを』
「ヒロは……どうなった?」
ヒロは、どうなったんだ。あの夢……ではない、僕の死に際の記憶では、ヒロはまだ生きているように見えた。ヒロは、どうにかして、生きていてくれているのだろうか。
『ん、あぁ、彼?彼は、生きているよ。君が身を挺してかばったからね。唯一の生き残りじゃないかな』
目の前の絶望に一筋の光が差し込むように感じた。ヒロは生きていた!生きていてくれた!ふっと全身から力が抜けて、体の痛みもなくなった。ヒロが生きていたなら、助かったなら、それでいい。僕が命をかけて守った親友だ。
……僕の、命は、無駄じゃなかった。
……僕の人生は無駄ではなかった。
……短いですけどわざとなので勘弁してください。