3章ー15 さいきょうの魔法使い
【5】
それから、世界は平和になった。
ひとしきり泣いた後、落ち着いたレオと、もう抵抗する意思を見せなかったもう一人のレオ……レオが昔分離させた自分、を連れてマミさんの執務室に帰った。
突然現れた二人目のレオに驚いていたマミさん。洞窟の中であった出来事をすべて話すと、マミさんは、二人のレオを抱きしめた。
「ごめんなさい……辛かったでしょう、気づいてやれなくてごめんなさい……もう、そんな思いはさせないから……」
涙を流しながら二人を丸ごと包み込む、その姿は、まるで子を護る母のようだった。
そして、レオが、もう一人の自分と和解(?)したために、それから、厄災が発生することはなかった。レオは、自分の居場所を見つけたのだ。もう、厄災がなくても大丈夫。
世界には、軍から公式に、レオが、厄災の魔物の元凶を叩いた、世界は平和になったと発表した。もちろん、もう一人のレオの存在は伏せて、つじつまのあうようにいいようにストーリーを作った上ではあるが。厄災は起こらないという発表を受け、民はしばらくは疑っていたのようではあるが、だんだんと日常を取り戻しつつある。被災地を中心に、厄災が起こる前へと、復興と発展が始まるのであった。
そして、この世界のもう一人の主人公……紅い目のレオは、軍の中でも、レオとマミさん(と僕)が知っている超極秘機密として殺されることなく、守られている。もともと、姿形は同じだ。目の色としゃべり方さえ変えてしまえば、同時に二人目の前に現れない限り、二人いるなんて気づく人もいない。もともと、偽レオ……今は紅レオと呼ばれているが、彼も望んで悪い存在になっていたわけではないのだ。自分の心を守るために仕方なく独立したものだった。
もう一人のレオは、本体のレオの魔力から生まれたと推測されている。しかし、分かれてから10年以上も月日が経った今、個として存在を確立させたので、今更もとの一つに戻ることもできない。二人のレオは、自由に行動しているようだ。
何かやらかすんじゃないか、と若干不安に思われていたらしい(僕は何も心配していなかったけど、マミさんが警戒していた)厄災の王のレオも、洞窟を出てから、特に何も問題行動はなく、大人しい。むしろ、積極的に世界中を飛び回っていろいろなところを見て楽しんでいるらしい。いままで、ずっと孤独に嫌われ者を演じていたのだ、解放された今では、思いっきり楽しんでもらいたい。
そして、本物の、本体のレオのほうはというと、レラティブの洞窟での出来事があってからは、自然な笑顔が頻繁に浮かぶようになった。
厄災がなくなって暇になったのか、しょっちゅう僕を誘っては、どこか遊びに行こうとする。その笑顔を見て、ああ、今までのクールな笑みは、どこか自分をおしこめていた結果なんだろうな、と思う。子犬だったら、一生懸命尻尾を振っているだろう、本当に屈託のない笑顔を見せる。
ああ、よかった。と、心から、僕は思う。
それと同時に、罪悪感が日に日に増していった。
時間がないことはわかっていた。
『いやぁ、お手柄だったね、ユー君』
「なんだい、神様。藪から棒に」
ついにこの時がきた。本当は来てほしくなかったのだが。神様から、僕の頭に直接話しかけられる。携帯電話では味わえない、なんだか不思議な感覚だ。
『この世界の問題ごとは解決したからね、そろそろ次の世界に行く頃かなと思って話しかけているだけだよ』
「うん……わかっている」
『おや、なんだか不服そうだね』
「ちょっとね……」
あの洞窟で、レオに、僕はいるよなどと恥ずかしい言葉を吐いてしまった手前、レオから離れて、違う世界に行くというのが、どうしてもできない。あんなに自然に笑えるようになったレオに追い打ちをかけるような、残酷なことをするようで、どうしても許すことができない。
『でも、もう十分遊んだでしょ?』
「それはそうだけど……」
「ユー!何一人でしゃべっているんだ?」
と、心配の種そのものであるレオがやってきた。神様の声は、レオには聞こえないらしい。一人でぶつぶつ言っているように見えたのだろう。
『なあるほど。彼が原因か』
「うん……」
「どうしたんだ、暗い顔して、らしくない」
『とは言っても、本当に次に行ってもらいたいからなぁ。そろそろお別れの挨拶をしてよ』
神様が多少呆れたようにいう。僕がどんなに離れがたく思っていても、神様にせかされたら、僕に選択肢はない。僕の命は神様にもらっている。神様の命令に逆らうことはそもそもできないのだ。神様が何をさせようとしているのかは知らないけれども。
「レオ……僕……」
「もう、次の世界に行くのか」
レオは、しんみりといった。確信をつかれて、僕は動揺する。
「わかっていた。お前は、ずっとここにはいないって」
もし、犬の耳が生えていたら、地につくくらいまで垂れ下がっていただろう。明らかに、落ち込んでいるのがわかる。感情をより素直に出すことができるようになったのが、今、喜びを感じるとともに、すごく僕の心をえぐってくる。
「……レオ、ごめん。約束したのに」
「いいんだ、今の俺には、マミと、もう一人の俺と、そして、お前がくれた言葉がある。俺にはもう自信がある。もう大丈夫だ」
「うん……」
レオは、僕の頭をなでてきた。くすぐったいけど、悪い気はしない。
途端に、僕の体を、真っ白い光が包む。これは、きっと神様の仕業だ。僕を強制的に移転するつもりだ。
だんだんと手足から消えていく体。もうここには居られないらしい。せめて、マミさんには事前にお別れを感謝を伝えといたほうがよかっただろうか。いや、少なくとも、目の前の、レオに言えたなら、満足だ。
「レオ、お別れだ。楽しかったよ。とても」
「おう、俺もだ」
レオは僕の頭をなでるのをやめなかった。
「じゃあね。ありがとう。また会えるといいね」
すっと、この世界から僕を消そうとしたとき。
レオは、両肩をがっしり掴んだ。微塵も動かせないくらい、力を込めて。(おい、骨が軋んだぞ!)
「悪い、俺も行く」
今まで見たレオの笑顔の中で最高のスマイルだった、なにを言っているんだ、とあっけにとられる当事者をよそに、僕の消滅にレオも巻き込まれて、消えてしまった。
ちょっと、あんた!何やってんだよ!!という僕の叫び声は、すでに消えていた。
―ねがわくば、とわのあんねいを
―ねがわくば、えいえんのねむりを
―ひととしてのしを
これにて、さいきょうの魔法使いの章は終わります。おつきあいありがとうございました。
次からは別の世界へ移ります。話のストックがなくなってきたので不定期更新になるかもしれませんが、ご容赦ください……