3章ー14 さいきょうの魔法使い
「そうだ……そうだった……!」
膝から崩れ落ちたレオが、腹の底から絞り出すように、苦痛を全部引き受けているかのように、声を絞り出した。
レオは、泣いていた。あの強い、レオが。強い、強かったレオが、青緑色の目から、二つのしずくを流している。
偽物のレオは、あれだけしゃべっていたのに、いまは一言も話さない。ピクリとも動かない。まるで、電池がなくなったロボットみたいだ。
「レオ……どうしたの」
「本当は、俺が、こいつじゃなくて、俺自身が、厄災を生み出していたんだ」
世界の脅威となる子供が生まれてから、五年がたった。子供のことは軍の最高機密として、情報を一切漏らさないように保護されていた。
子供に突然、変化が現れ始めた。いつもは無気力で、感情がないとさえ思われていた子供だったが、突然、笑顔を見せたのだ。
突然の変化に、軍の人たちは驚き、戸惑った。それでも、子供は、親しげに、まだ顔のひきつった笑顔を必死に作るようになった。
それから、二週間の後、初めての厄災の襲来があった。あまりの圧倒的戦力と、急な襲撃に人間の防衛ラインは即座に崩壊し、一瞬でいくつかの町と、国が滅びた。
軍が、世界が初めての事態に動揺する中で、子供は笑顔を作って、言った。
「僕が全部倒すよ」
それから、戸惑う軍隊の人たちをよそに、勝手に幽閉されていた場所を抜け出し、子供は、厄災の魔物達と戦った。戦った、というよりは、一方的につぶしていた。
その圧倒的戦力に、軍は、世界中の人は、驚愕した。
「僕、役に立ったでしょ?」
それからというものの、厄災があるたびに、積極的に、出撃しては徹底的につぶしてくるこの少年に、軍と世界は、信頼を置くようになった。
どうしようもない、厄災という脅威を払ってくれる救世主。一瞬にしてヒーローとなった少年は、今までのような無気力さはなかった。
……僕、ここに居て、よかったんだよね
少年は……レオは、作りものではない笑顔を見せられるようになった。
ボロボロ、ボロボロ涙が落ちてくる。その中に含まれる感情は、後悔か、懺悔か、悲しみか。嗚咽によって呼吸もままならないのに、必死に言葉を紡ぎだす。誰に聞かせるでもないけど、必死の叫びを。
……俺は、本当は、厄災が、ないと生きられなかったんだ!本当は、本当は、ずっと、認められたいと、ちゃんと、生きているように生きていたいと、思っていたんだ!みんなに、僕の存在を、認めてほしいって、ずっと、ずっと、思ってた!だから、認められない自分を、あのとき、切り離した!!認められない自分が、世界に認められるためには、自分の存在価値を世界に証明する必要があった!だから……だから!!
認められない自分が発生させる厄災を、残った俺自身が撃退することで、認められようとしたんだ
自演、という言葉がふさわしいのだろうか。かくも、世界を恐怖に陥れた厄災の存在は、単純な仕組みでできていた。
「俺ヲ殺セ、ソウしたラ世界ハ平和になル、そノタメに来タンだろう」
偽物のレオ……いや、『認められなったレオ』は、そうつぶやいた。少し流暢になったその声は、どこか寂しそうだった。そこに含まれる少しの安堵の色は、認めてくれる存在を見つけたからなのかもしれない。
その声に、レオは顔を上げる。眉をひそめて、ひどく、儚げだ。
「でも、そうしたら、俺は……生きていられない。厄災がないと、お前がいないと、俺は生きていられないんだ……」
世界最強は、世界最弱の、普通の人間だった。何も強くなどなかった。ただの、一人の人間だった。それを、誰も気づかなかっただけだった。それが、世界に悲劇をもたらしたとは、なんという皮肉か。
こんなに、弱い、世界最強は初めて見た。
レオは、もう一人のレオの隣で座りこんでいる。世界の平和を背負う救世主は、世界に混沌をもたらした。混沌を排除するためには、自分を、自分の存在意義を消さなければならないという犠牲を強いる残酷な構造。茫然自失、どうしていいのか、わからない。そんな状況。
でもねレオ、一つだけ、間違っているよ。
「レオ」
レオは何も答えない。ただもう一人の自分の隣で涙を流すだけ。
「レオ、君は間違っているよ」
ふっと、こっちを振り向いた。そんなに、ぐちゃぐちゃに涙を流しては、せっかくのイケメンが、台無しではないか。レオは、クールにニヒルに笑うからこそ、かっこいいんだ。
「レオがどんな人生を歩んできたかは、僕は知らない。けれども、僕が見てきたレオは、見ず知らずの、知り合ったばかりの僕を何度も助けてくれた。得体のしれない僕をだよ?その場で殺しても、拘束しても文句は言われないだろうに」
一歩ずつ、レオに近づく。
「……そのあとも、僕と一緒に行動してくれた。それがどんなにうれしかったことか、レオにはわからないのかもしれないけれど。昔どうだったとか、そんなことはどうでもいいんだ。レオは厄災がなくたって、そのままで十分かっこいい。レオのその優しさが、すごくかっこいいんだ」
レオの頭を抱えた。涙は止まっていた。僕の言葉を真摯にかつ茫然と、聞いてくれている。
「世界がレオを憎むのなら、僕はその世界を呪おう」
「世界がどう思おうと、レオは、一人じゃない。僕がいるよ。僕は君の味方だ」
きっとそれは結果的に、本当にレオがほしかったものだったんだ。
「君の味方がいたことを、忘れないで」
それから、レオは、子供のように、昔、封じ込めていた感情を吐き出すかのように沢山、僕の胸で泣いた。
長くなりましたがそろそろこの章も終わります。お付き合いありがとうございました。




