3章ー12 さいきょうの魔法使い
「レオ、レオ!どうしたんだ!レオ!」
先ほど突然に苦しみだしてから、レオがおかしい。何もないところをぼーっと見つめては、大声で叫んだり、静まったりを繰り返す。「誰だ」とか「お前は何者だ」とか。
「レオ、レオ!」
どうみてもまともじゃない。レオに何があった!レオの体を思いっきりゆする。汗が、どんなに戦っても汗一つかかないレオが、全身から汗を噴出している。
だが、それも一瞬のことで、急に我に返ったように、虚ろだった目に光が宿った。どうしたんだ、レオ。いったい何があったんだ。
「ユー、どうしたんだ。そんなに汗だくで」
「それはこっちのセリフだよ!何があったんだよ!」
「……」
レオが顔を、カメムシを食べた後みたいにゆがめる。
「ユー……」
突然、レオが僕を突き飛ばした。体勢を崩された僕はしりもちをつく。
どうしたんだよ、レオ。さっきからおかしいよ。どうしちゃったんだよ!
「ユー……お前は……俺は……」
「レオ……レオ?」
黒コートから、果物ナイフくらいの暗器を取り出す。逆手に持った刃には、緑に発光するコケの光が鈍く光る。レオの青緑色の瞳も、同じだった。
ゆらり、ゆらりと歩いてくるレオの後ろで、ふっと、新しく影が生まれた。
……オ前ノ相手ハコッチダ
その途端、僕に向かってきていたはずのレオが、吹っ飛ばされた。
そして、僕の目の前には、吹っ飛ばされたはずの、レオが立っていた。
「……レオ?」
レオが、二人、いる。服装から、顔から体格、右手に持つレオ愛用の武器まで、すべて同じ。違うのは、目の色くらいだ。
真っ紅な目を光らせて、もう一人のレオは怪しく笑った。
「アンナ出来損ナイハホットイテ、俺トトモニコイ」
片言で、質の悪いスピーカで話しているみたいにノイズが入っているが、これはレオの声。間違いない。期間は短いけれども、何度も聞いて、親しんだ声。
「あんたは、何者?」
「俺ハ、世界最強ノ魔法使イ」
ヒールのあるブーツのかかとで、こつんと地面を叩いたその時、ノイズ声のレオの背後に、多数の魔物が出現する!数えきれない、厄災の魔物達が!
急な事態に、思考がついていかない。とにかく、逃げなきゃ!そう思うけど、頭ではわかっているのに、体が動かない。脳の命令が、体に届かない。二人のレオに与えられた恐怖が、体から、動く気力を取られていた。
そのとき、激しい爆発音とともに、厄災の魔物達は木端微塵に消えていた。
レオが、本物の、さっき二人目のレオに吹っ飛ばされたレオが、魔法で破壊したんだ。
とくに大した怪我もなさそうに、レオが立ち戻る。
「すまない、ユー。頭に上った血を消費したら少し落ち着いた」
「レオ!無事だったんだ!」
正気に戻った、怪我がなかったという意味の無事である。さっきまでのおかしな様子は一見見られない。これからどうなるかはわからないけれども、とりあえずは大丈夫そう。
問題は、こっちだ。
「レオ、あのレオは何だかわかる?」
「厄災の魔物の王だ、この世界を破滅に陥れる、間違いない」
さっきまでの何かに苦しんだ様子は見られない。本当の敵を発見したときのような、確信に満ちた顔をしている。
「でもどうしてレオの姿を……」
「それはわからない。でも、あいつは魔物を支配下に入れている。あいつがおそらくボスで間違いない。ユー、安全なところに」
ニタリ、と二人のレオは笑った。それが合図、戦闘開始のファンファーレが鳴る。
「「殺ルぞ」」
本物のレオは、愛用の武器を左手に、斬りかかる。ただ単純に突っ込んでいるのではなく、魔法によるフェイントを混ぜながら、相手を誘導するように。
偽物レオはそのフェイントに一切気をそらさず、うまく無力化しながら応える。
鍔迫り合いをしては離れて、また、接近しては隙を探して。それの繰り返し。
二人のレオは、実力は完全に同等、均衡している。しかし、偽物レオのほうは同時に配下の厄災の魔物達を呼び寄せるためそれも同時に相手にしているレオのほうが不利を強いられる。それに、レオはさっき大量の魔物の相手をしてきた後だ。今は均衡していても、差が出てくるのは時間の問題だ。
立ち上がり、手に力を込める。緑色の光があふれた。
さっきまでは、守られるばかりだったけど、今度こそ、僕は、レオの力になりたいんだ!
僕にも、そんなチカラがあるはずだ!
今度こそ、僕が、レオを守るんだ!
手のひらからあふれた光は、溢れ凝縮して、形を作る。タブレットとでもいうべき、ほどよい薄さと、平面への広がりを持つ。六角形を形成した板は宙に浮いている。
その板には、隙間がないほど、白く文字が書かれていて、絶え間なく違う文字に変化している。この文字自体は、日本文字でもアルファベットでもなんでもないので、僕には読めない。
でも、わかる。僕には本能的に、理解できる。
緑色に光る板の上にある文字に、目的の文字列を見つけた僕は、その文字列を指でなぞる。すると、今まで書かれていた文字は板から空中に溶けて消えてしまい、代わりに新しい文字列が挿入された。
その途端、偽物レオが出現させた魔物が、最初から何もなかったように音もなく消えていた。今にもレオに殴りかかろうとしていたのに。
偽物レオが魔物の消滅を感づいて、一瞬本物レオへの注意をそらす。その刹那を逃すまいと、レオが一撃を浴びせた。
「ユー!何をした!」
「後ろの厄災の魔物は任せて、レオはあいつに集中して!」
「……恩に着る」
色々、聞きたいことはあったのだろう。けれども、今はその時ではないと判断してくれたみたいだ。注意をすべて、偽物に向ける。
それからのレオというものは圧巻だった。妨害してくる厄災の魔物と守るべき邪魔なものである僕という枷を無くしたレオは、ありったけの力を、その世界最強の魔力を全力でで偽物レオに振り向けていた。
ただ、偽物レオも、レオと同等の実力を持つ。全力なレオが幾分か有利にはなったもののまだ、手放しで見れるものではなかった。
僕は、厄災の魔物の討伐に全力を注ぐ。六角形の板から、目的の場所を探しては、それをなぞる。そして、魔物が消える。その繰り返し。僕のチカラはとても優秀だった。
偽物レオは、僕の働きに気づいたのか、厄災の魔物を出現させるのをやめた。そして、僕を殺そうとしたみたいだ。レオと鍔迫り合いさせながら、魔法で、僕のほうに炎をまとった矢を放った。
その矢はものすごいスピードで、一直線に僕に迫ってきたので当然よけきれるはずもなく、僕にあたる。なんとか避けようとして顔をそらしたら、ギリギリ僕の腕をかすった。ちょっと血が出たみたいだ。けれども、そんなの気にしていられない。
火矢は次々とやってくる。レオに頼らないでも何とかしてみせる。
白い文字列をなぞる、そして効果が発現する。
僕の目の前に、岩でできた壁が出現する。火矢は、それにはじかれて一部は消えていく。
それに即座に対応してくる偽レオは、矢の方向を転換し、背後を狙って回り込む。遠くでは、まだ鍔迫り合いの音がする。ここまでの僕と偽レオの攻防はすべて、レオを同時に相手にしながら、ここまでできるとか、あいつどんだけ化け物なんだよ。
僕は全方位に壁を出現させる。僕は完全に密封された。これで火矢が来ることはない。
けれども、ほかにどんな攻撃が来るかわからない、今が、反撃の時だ。
僕は全方位をふさいだことで、戦況を見る目を失ったわけだが、それについては、僕にしかできない考えがある。
絶えず白い文字がチカチカする板を見る。それは、完全に文字で構成されているのだが、こも文字には、あらゆる情報が書かれている。湖の位置、水の量、岩の数、敵の数、レオの動き、偽レオの攻撃。
その文字一つ一つがこの僕が認識できる風景を構成している。そして、一瞬で僕は理解ができる。頭の中で、文字がイメージ映像として変換される。文字情報が更新されていくたびに、僕の中の頭のなかのイメージ情報も更新されていく。
あたりは、岩の壁に囲まれて真っ暗だけど、僕には、目の前のことのように、レオたちの戦闘が見えるんだ。
これは、助けられてばかりだった僕が、レオに返せる些細な恩返し。
偽レオも、僕がひきこもって、大したことはないと判断したのか、レオに猛襲をかけている。レオもそれに呼応してペースを上げる。
レオ、是非、役立ててくれよ。白い文字に指をかざす。絶え間なく動く偽レオを対象としているのだから、タイミングが重要だ。来い……来い!
レオが一瞬の隙を突かれ、体制を崩した。そこで、偽レオが足に力を入れ、ぐっと踏み込む。全身の力を刃先にすべて伝えていく、一撃必殺の大技が発動する。見えてはいないけど、偽レオの体から力が、魔力があふれているのを文字情報として感じる。
今だと、文字をなぞる。
動くもの全部を消すのは簡単だ、厄災の魔物しかり、放たれる魔法しかり、存在を抹消してしまえばいいのだから。動かない自然物を思うままに動かすのも簡単だ。だが、動くものの一部を消すとか、動くものを対象に自然物を作用させるとなると、対象を限定しなきゃいけないから、ちょっと手間がかかる。
ドサッと、人の倒れこむ音がした。そして、地面に刃を突き立てる音。勝敗は決まった。
僕は、自分で作った引きこもり用の壁を分解して、外に出る。久しぶりのシャバの空気はおいしいぜ、なんて。
「レオ!」
緑の目のレオは、地面に横たわる偽レオの腹を踏みつけ、愛刀を頸動脈のすぐ横の地面に突き刺していた。同時に、魔法を使って手足を地面にしっかり拘束、勝敗が決まってからたいして時間はなかったはずだが一瞬でここまでやるとは、あまりの早業に驚くばかりである。
「おお、ユー、おまえ何をしたんだ」
「ちょっとね」
本当は、偽レオの動きが止まった瞬間に彼の持っている武器をそのまま消しちゃったんだけど、そんなことはどうでもいいでしょ?
「……どうでもよくはないけど」
レオがすごく不満そうな顔でにらんでくる。あとで、絶対教えろよ、と小さく言った。
「まあいい、まずはこっちを片付けないと」
と、踏みつける足に力を入れてくるあたり、ドS発動していますよ。レオさん。心なしかポキリと肋骨が折れる音が聞こえた気がする。
「お前、どうしてこの世界に魔物を放った、何が目的だ、どうして俺と同じ格好をしている、答えろ」
ぐりぐりと、少なからずヒールのあるブーツ(これで激しい戦闘をしていたのか、と今更だが驚く)を押し付ける。それに微塵も苦しみを見せずに、もしろ何が楽しいのか、ニタニタと人を馬鹿にしたような笑顔を見せる。
「……何がおかしい?」
レオの問いかけには答えない。相変わらず、気色の悪い笑みを浮かべている。こいつは、どこか変なんじゃないだろうか。まるで、どこか感情がすっぽりと抜け落ちた後みたいだ。自分が何をしたのか、何をしているのか、わかっているのだろうか。
とはいうものの、相手は、この世界のラスボスたる厄災の生みの親。一筋縄ではいかないとはわかっているけど。
「くそっ!腹が立つ」
レオは、この不気味な笑顔にイライラを募らせている。いつも冷静な……冷静な姿しか見せたことのないレオが、珍しい。
すぐにでも、倒して……殺してしまえば楽なのだが、世界最強の仕事として、厄災とは何かを突き詰める必要があるのだ。安易に殺しはできない。
そして、レオのイライラをさらに募らせている原因の一つに、自分と同じ姿、というのもあるだろう。まねされているみたいで気に入らないのだ。きっと。
「答えろ!お前は何者なんだ!」
「オ前コソ何者ダ」
しゃべった!やっとしゃべった!レオと全く同じ声でしゃべった。本当に、多少の違いがなければ、完全にコピーしました、と言っていいほど、似ている。
レオは突然の問いかけに動揺を隠せない。どういう意味なのか、はかりかねている。
「オ前ハ、俺ダ」
「どういうことだ」
「オ前コソ、厄災ノ王タル存在」
「……どういう意味だ……答えろ」
レオは、汗をだらだら流している。さきほどまでの威勢は徐々に消え失せている。
そんなレオとは対照的に、端を切ったかのようにすらすらと答えていく偽レオ。
「オ前ガ厄災ノ元凶ナンダ」
「心アタリナラアルダロウ、アノトキノ自分」
ニタリ、と笑う。レオが、偽レオから足を離した。そしてそのままその場によろけて、へたりこむ。偽レオは、レオが離れてもその場から動こうともしない。
レオの顔は、驚愕の色に染まっている。偽者との会話のあいだに、何を見出したのかは定かではない。
「俺ヲ消セルモノナラ消シテミロ」
「「……もウ一人の俺」」
二人の声が重なる。レオは、その場に崩れ落ちた。