3章ー10 さいきょうの魔法使い
「何もなさそうなんだけどな、この洞窟は」
「……傍若無人にもほどがあるっ!」
はい、いつものお約束ですが、僕は相変わらずの『瞬間移動酔い』にあってグロッキーになっている間に、世界最強傍若無人天上天下唯我独尊なレオ様は、洞窟入り口周囲の索敵を終わらせてきたようです。絶対、僕が邪魔だからわざとだろ、故意犯だろ。
「早く慣れろよ。これ、けっこう便利だぞ?」
「わかってるけど酔うもんは酔うんだよ!」
これでも、最初に比べたら、回復が早くなったほうだ。むしろ、レオには褒めてもらいたいくらいなのだが。
と、そんなことをしている場合ではない。
レオが言ったように、厄災の魔物の巣窟(?)、と噂されている洞窟に入ってみたものの、いたって、普通な印象を受ける。いや、僕自身は、洞窟など行ったことがないし、あくまで想像なのだが、どうしても普通、という印象を免れえない。光は入らなくて暗く、岩でできているとしか形容の仕方がない、洞窟だね、としか言いようのないものなのだ。どうしても、魔法の世界にいるのだから、もっと……ラスボスが居そうな雰囲気を期待してしまう。
いや、冷静になれ、僕。ラスボスなんかいたらレオの足手まとい確定、ふとしたはずみに即ゲームオーバーだってば。
「まぁ、また何もないんだろうが、念のため、だ」
「前にこの洞窟に入ったのはいつくらいなの?」
「そうだな……俺は5年前くらいか?その前も後も一般人がよく肝試しとか言いながら探検しているが特に何も聞いていない。ただ、岩に穴が開いているだけの洞窟だ」
「ふーん、肝試しか……」
厄災が甚大な被害をもたらしているというのに、一般人はどこか呑気だな、と思った。
「ユー、何か感じるか?」
「いたってゲームに出てきそうなイメージ通りの洞窟だね、ひでんましんでフラッシュ覚えてから来ないと暗くてまともに歩けなさそう」
「……何を言っているんだ?それに、光ならここに」
さっ、と手を目の前でかざすと、LED電球でもつけたかのように明るくなった。空中に光の玉が浮いている。
……魔法って、便利だな、わざましんいらずだし。うん。僕も使えるようになりたいよ。
「さ、明るくしたところで、先に進むが……っ!」
明かりをつけたことで気づかれたのかもしれない、僕でも感じられるくらいの、明らかな敵意……殺気といったほうが正しいのかもしれない、それを感じ、レオは即座に明かりを消した。
「レッ……」
何があった、と聞こうとしたが、レオに口を塞がれた。
……何かが来る!全身でそういっていた。
再び、光の入らない洞窟は闇と静寂に閉ざされた。レオの消えてしまいそうな息遣いと、僕の急な事態に対応しきれていないパニックになった心臓の鼓動の音だけが洞窟に反響していた。
ゴクリ、と唾をのみこんだ、そのゴングを合図に、岩陰から、多数のモノが叫びをあげながら僕たちに襲い掛かってきた!
暗くて姿はよく見えないが……、この咆哮、質量、これは、厄災の魔物達だ。洞窟の暗くて見えない奥深くから、無限に増殖しているかのようにポンポン湧き出てくる。
何もない、って二人は言っていたけれど、そんなことはなかった。厄災の魔物はここにいたんだ!
でも、何もないって言っていたのに、どうして今になって?疑問がぬぐえない。
「マミ、応答を。厄災の魔物を発見、排除する」
レオが左手を宙にかざす。それを一気に横に引き抜くと、愛刀が出現する。世界最強の戦闘の始まりだ。
「ユー!俺の後ろから出るなよ」
動きません、勝つまでは。
厄災の魔物は、神話でいうところのトロールのような形をしていたのが主だ。大きな棍棒を持っていたり、はたまた素手だったり。素手、とは言っても、全身筋肉もりもりなので殴られたら僕みたいなひ弱な人間は一瞬でお陀仏だ。
そうはいっても、世界最強はやはり、最強らしい。洞窟の奥から、可能な限りあらゆる方向から襲い掛かる魔物達は、レオが左手の刃で、魔法で、次々と首をはね、手足を切断し、灰も残さず焼いていく。圧倒的戦力差だ。一騎当千とはまさにこのこと。
ただ、確実に数は減らしているものの、どこから湧いてくるのか、ポコポコ湧いてきて一向に数が減らない。
レオの顔は見えないけども、焦りと疑問と……確信を感じていることだろう。この先に、厄災の核心があると。それがわかっているけれども、あまりの数の多さに進めないでいる。
本当は、魔物が無限に湧いてきたとしても、これだけの数、レオ一人なら、赤子の手を捻るくらい、簡単なんだと思う。アスラーン市場で市場を囲う魔物を一撃で灰にした人物だ。無限に増殖しているとはいっても、一度に相手する魔物の数は、洞窟が広くないためにせいぜい10体くらいだ。
けれども、一人じゃないから、一人でなんでも解決してきた彼は、僕が今ここにいるから、本当の調子を出せず、防戦一方なんだと思う。現に、僕は、レオのすぐ背後から動けないでいるし、それを気遣ってレオは僕から一歩も離れられず、常に僕の周囲にも気を配らなければいけない。魔物はどう動くかはわからないから、僕を守るために、気が散っている。……そんなの、なんと情けないことか。
この世界に来てから、僕はレオに守られてばっかりだ。この世界に来てすぐ、ライオンみたいな動物に襲われそうになったとき、厄災の魔物に巣に持ち帰られそうになったとき。
もちろん、助けてもらったことにはすごく感謝している。レオがいなかったら、今ここに、僕の二つ目の命の灯はないのは疑いようもない事実で。
「ぐっ……」
レオがここにきて、余裕のなさそうな声を上げた。それと同時に、僕のわずか数メートル先で、一寸先までいきていたはずの魔物の死体が転がる。緊張した、怖かった。僕に襲い掛かってきた魔物を、レオは倒してくれた、でも、調子を大きく外したのか、苦しそうだった。
……これも、僕に、自分すら守る力がないから。
なぜだか、予言の登場人物と言われ、持ち上げられているけど、本当は、僕は、ごく普通の、平均的な、何の力もない男子高校生なんだ。そんな僕が、いきなり魔法が当たり前の世界に放り出されて、何とかなるほうがおかしい。そう、思うこともあるよ。
それでも、このもやもやした気持ちは晴れない。
初めて会ったときから、僕を受け入れてくれた彼に、迷惑はかけたくない。
守られるだけじゃない。力がほしい。
僕も、僕も、レオの役に立ちたいんだ!
『お前にチカラがない?そんなことはない。お前には大きな可能性がすでにまっている』
どこからか、声が響いた。どこかで聞き覚えのある、懐かしい声だった。
『お前が、そのチカラを知ったとき、お前の世界は変わるはずだ』
『さぁ、信じろ。その世界の理を知ったとき、お前は自分という存在の意味を知るはずだ』
すっと、体に浸透していく声のままに、感じるままに、可能性を信じる。
―来いよ、現実の壁。今すぐぶち壊してやる。
『そして、いつかは、僕を―』
殺しに来てね