3章ー7 さいきょうの魔法使い
「厄災の魔物って、どういうこと!」
「そのままの意味だ。あれは、普通はこの世界に存在しない生き物だ。まさか、空から来るとは」
「とにかく、早く倒さないと!」
「だが……人が多すぎて、魔法が使えない!」
市場はすでにパニックに陥っている。恐竜が舞い降りた場所の下敷きになった店と人はもう助からない。人々が避難しようとしても人が多すぎで、混乱が一層深まっている。倒れた人は、後ろからくる人にどんどん踏みつぶされている。これは、すでに圧死しているかもしれない。
レオも魔物討伐に入りたいものの、魔物のすぐ隣に一般人がいるため、魔法で攻撃しようものなら巻き添えにしそうで、うかつに手が出せない。レオの武器は刃渡りの長い刀であるから、そちらも同様。
最悪だ。最悪の状況だ。
そして、最悪というのはだいたいにして続くものである。
「ユー、大変だ。アスラーン市場の周りに大量の魔物が囲っているらしい」
「中にどんどん魔物が侵入してきている!」
マミさんからの緊急の連絡だと伝令が届いた。状況は最悪である。
レオが倒そうにも、市場のなかだと混雑しすぎて人々の避難が終わらないとまともに戦えない。市場の周りに魔物がいるために避難ができない。レオが戦えないから、中の人々がどんどんと魔物に殺されていく。
そうしているうちに、空から、出入口からどんどんと魔物が侵攻してくる。迷っている猶予はない。
「レオ、ここはまず人々の避難をしないと」
「でも、どうやって!」
「中の魔物は僕がひきつけておくから、レオは外の魔物を一毛打尽にしてきて!」
「あ、ちょっと、ユー!」
迷っている時間はないということはレオにもわかっているのだろう。それ以上何も言わずに、変装していた眼鏡を投げ捨て、外へ瞬間移動していった。
まずは、人ごみから目の前のこいつらを隔離しないと……!そうだ、さっきの怪しいもの売り場の区画は、まだ混雑していなかった。それに、あちらは出口からは逆の方向だから、今も人はいないはず。
足元に落ちていた果物を魔物に投げつける。
「みなさんは落ち着いて逃げてください!ここは僕が!」
注意をひかれた魔物を引き連れて、人通りの比較的少ない路地を目指して突き進んだ。
「マミ、状況はどうなっている」
〈最悪ね。軍からも支援部隊を派遣しているけど、細々と切り崩していくのが精いっぱいね〉
レオは今、市場を上から覗き込むように空を滑空している。マミと魔法で通信しながら状況を確認しているところだ。
現在、アスラーン市場を囲む魔物はおよそ二万。前の襲撃からくらべものにならない数が襲ってきている。市場の中にも魔物が数体ずつ入り込んでいる。これはユーがなんとかすると言っていたが、あいつ一人では何もできないと同義である。早くこちらを片付けて救援に向かわないと……
二万という数は、俺一人では少し手に余る数である。余裕を見せてはいられない。
「中に人がたくさんいる。重傷者もたくさんだ。死人もいる。まずは避難経路の確保を優先したい」
〈了解、隊を出入口付近に待機させるわ〉
「俺は先に出入り口付近の掃討に向かう」
〈頼んだわよ、レオ〉
「わかっている」
レオは目的地へ向け急降下を始めた。
ああ、よかった。人はいなかった。
先ほどの怪しいものを各種取り揃えている商店街に来たけれども、すでに避難を終えていたのだろう。人影はなかった。これで、少しは被害を軽減できるはずである。
最初に来ていた魔物達は、先頭の一体に付き添うように残りの四体すべてがついてきた。きっと集団行動する動物なのかもしれない。なんにせよ、今は、すごく幸運なことである。そして、同時に僕にとってはとても不幸なことである。
ひきつけるとは言ったものの、この後のことは全く考えていなかったのだ。
……また、死亡フラグ?
必死に魔物の攻撃から逃げてはいるものの、僕の体育の成績はよくも悪くもない、万年五段階評価で三を取り続けた男である。百メートル走も、ハンドボール投げも、持久走も、すべてスコアは平均そのもの。ついたあだ名は「平均男」。つまり、こんな怪物を五体も倒せるほど僕は運動神経がよかった、などという都合のいい展開は存在しないのだ。
そろそろ体力の限界が近い。魔物はひたすら爪を振りかぶったり、鋭い牙で噛みついて来たり、果てには口から火を吐くなんてファンタジーをこなしてくる。まずいまずいまずい、これはマジで死ぬかもしれない。最近死にそうな目にしかあっていない!いやすでに死んでいるからなんとも言えないけど!
何か……何かないか、状況を打開できる何か!
魔物襲来の騒動で人が少ない界隈ではあっても、ここらの店でも混乱があったようで、商品が地面に散乱している。その中に記憶に新しいものが見て取れた。足がたくさん生えていて丸くて……毛むくじゃらの……生き物みたいなやつ……
これは使える!僕は思い切ってその商品を魔物の口に向かって次々と放り込んだ。
数撃てばあたるの理論で、あるだけすべての商品を突っ込んだ。
すると、偶然にも何個かは僕の平均的運動センスでも入るらしい。もしくは魔物自身が自発的に入れたのか。口の中に異物を入れられた魔物たちは、不用心にもそれを飲み込んだ。お前らアホだろ。
すると、魔物たちが苦しみだした!グキャァグキャァとうなり声をあげてもがいている。アホで助かった。
「どうだ!これが妖獣マールーンの力だ!」
さきほど商店を回っていたときにレオが「毒殺にもってこい」と言っていたものだ。あの時は、ちゃんと話を聞いていてよかった。意外なところで役に立つとは思わなかったもの。
しかし、人間用の毒は魔物には弱かったみたいだ。少しは、苦しみはしたものの、完全に無力化するには至っていない。
そして、懸命にも口に放り投げられた異物をそのまま飲み込まなかった賢い個体が、僕の居場所を突き止めたらしい。いつの間にか、僕の背後に回っていた。気づいた時には遅かった。
鋭い牙の生えそろった口が僕をお出迎えしてくれているみたい。
た、食べられる……!
僕は痛みに耐えるために目をつぶったのだけれども、待てども牙の突き刺さる痛みはやってこなかった。かわりに背中のほうに鈍く刺さる痛みと、そこはかとない浮遊感。
目を開けた時には、僕は空中にいた。
……こいつら、巣に持って帰ってから僕を食べる気か!
自分でも冷静に状況把握をしていることに驚く。すでに僕はアスラーン市場を上から見渡せるくらいの位置にはいた。市場の周りをかこっていた魔物はレオによって駆逐されたらしい、今は一つも影がみえない。市場のなかにいた人々も順次避難が開始されているみたいだ。ああ、よかった。少しは頑張った甲斐があったのかな。
そう安堵している間にも、どんどん高度は上がっていく。
「た、助けてくれぇ!」