3章ー6 さいきょうの魔法使い
「そこのあんちゃん!買っていかないかい?魔獣アナゴライダーの丸焼き、今ならお安くしておくよ」
「あ、え、遠慮しておきます……」
「ユー、遠慮することはない、いくらでも俺がご馳走しよう。あれはうまいぞ。嫌いなやつに食わせるには持って来いだ」
「レオさん、その発言矛盾していませんか。そしてその不敵な笑みが怖い」
「気のせいだ、気のせい」
僕とレオは今、薄暗い予言書の保管庫から日差しのもとへ出て、この国で一番活気のあるというアスラーン市場に出てきている。さすが、国一番というだけあって、にぎやかである。所狭しと屋台が出され、商人たちの客引きの声と値切りの掛け合いが飛び交う。客も、人の間にある隙間という隙間を埋め尽くすくらいに密集していて、とても真っ直ぐに歩けない。ここで扱っている商品は、食品から、雑貨、書物に、果ては何に使うのか全くわからないものまで、様々だ。
レオは、さすがに世界一強い人物ということで、普通に歩いていたら目立つのだろう。形の古い眼鏡らしきものと口元を布で覆うようなマスクをしてをして変装をしている。(そして、目立つ理由は単にレオが強いから、だけではないことを僕は知っている。この美形め!)
僕たちは、そんな人ごみの中心地からは少し外れた区画に来ていた。人の数もまばらになり、歩きやすくはなっている。そこで、僕とレオは隣に並んで歩いていた。
「すごいね、アスラーン市場は」
「まあな、アスラーンで売られていない品はないと言われているからな。ここに来れば一週間は暇つぶしができるぞ」
「すごいな……すごく元気な街だ」
まるで、厄災なんてないかのよう。
僕たちは、アスラーン市場には、気分転換というか暇つぶしというか、主に、僕の観光のために来ている。マミさんが、せっかく違う世界から来たのだから……といって気を利かせてくれたのだ。
レオは僕の付き添いで来ている。最初こそ面倒臭そうではあったが、どうやら、この市場の活気に飲まれて、楽しくなってきたみたいだ。
かくいう僕も、異世界なだけあって、見慣れないものばかりで、楽しくなっている。
「あ、レオ、あれは何?あの、足がたくさん生えてて丸くて……毛むくじゃらの……生き物?みたいなやつ」
僕の世界でいうと、クラゲの全身に1㎝くらいの毛をはやしたようなものである。
ここらへんの店では、変な生き物の死骸を扱っているみたいでグロテスクな光景が広がっている。全長50㎝くらいありそうなカブトムシの幼虫みたいなものや、無駄に足の多いうさぎみたいなもの……この世界の動物では、きっとこれが普通なのだろう。
「あれは、妖獣マールーンだ。毒殺したいやつに食わせるのが一番いい」
「……じ、じゃあ、あれは?青色の細長いやつ!」
恥ずかしいことに、僕のボキャブラリー不足が露呈している。この下手な説明でわかるレオはすごいな、と素直に感心する。
レオは、何が楽しいのか、笑顔で応対してくれた。ただし、笑顔といっても、ニヤニヤといったオノマトペがぴったりくる笑顔である。
「あれは、生の海洋植物のシーコムだな。一週間天日干しにしたものは、海の潮の味がしてスゲーうまいぞ。ただし、生のシーコムは憎いやつに食わせるのが一番いい」
「生のシーコムを食べるとどうなるのさ」
「三日間下痢と腹痛が止まらなくなる」
「というか、さっきから、その微妙に微妙な気分になる説明は何なんだよ。嫌いなやつに食わせるとか、毒殺したいやつに食わせるとか!」
「そのほうが面白いだろ?それに、ここらの区画に売っている商品は、大体そういう用途に使うんだ」
「もうちょっと気分のいい区画に連れて行ってくれよ!!」
レオが、爽やかな笑顔で、毒を仕込んできました。変だなー、面白いと思ったのに、と呟いているけど、そんなに面白くないですからね、微妙に気分が悪くなるだけだからね!
変な生き物の死骸ばかり扱っているとは思っていたが、まさか、「そのための」商品だったとは……これが、この世界の普通なのだ、と思いこむところであった。危ない、危ない。
まともな商品を扱っている区画に行こうと提案し、そそくさと移動をする。変な生物商品の区画を抜けて、少し大きな広場に出た。多分、市場の中央に来たのだろう。たくさんの椅子と机が置かれて、休憩所になっている。レオは、いつの間にか、僕よりもノリノリで楽しんでいるようだ。
「次はどこに行くか?そうだ、最近グミの新商品が出たらしくてだな」
「そ、そうだね、そっち行こうか……」
僕の返事を聞いたのか聞いてないのかわからないが、レオは自分の行きたい方につき進んで行ってしまった。観光客と、現地の案内人という立場だったはずだが、位置の間にか、レオが観光客みたいに楽しんでいて、僕がそれについていっている形になっていて、立場が逆転しているようになっている気がする。レオがものすごく楽しそうだから、僕は別にいいのだが、心理的にはなぜこうなった感が否めない。
「ああ……幸せ……」
「うん、これ美味しいね。何ていう味なんだろう」
レオの大好物であるらしい、グミ(これは僕の世界のものと全く一緒だった。このような偶然もあるのだなぁと感動したのはまた別の話)の新商品を試食しに来ている。レオは大変ご満足したようで、一人ですでに3袋も食べている。
この新商品のグミは、何といえば伝わるのだろうか。パインに、リンゴに、苺といったありとあらゆるフルーツを混ぜたうえで、梅のような酸味をちょっぴりブレンドしているような味である。色々混ざっているため不味くなりそうではあるが、配合がうまいのか、互いの味を引き出しあう最高のバランスで、とにかく旨い。
どんな果物でも使っているのだろうか。と、あたりを見渡したら、このグミを売ってくれたおじさんがしきりに宣伝をしていた。
「新発売!魔獣サーライトモーン味!今大人気だよ!」
グミの入っていた袋の表面には、さきほどの区画で見た、50㎝くらいあるカブトムシの幼虫らしき動物の絵が載っていた。
……僕は、そっと袋を裏に返した。
……魔獣、サーライトモーンって、すごくフルーティーな味がするんだなぁ。
「レオ、これやるよ」
「ん、ユー、要らないのか?美味しいのに」
「うん、ちょっと食欲がなくなった」
「そういうことなら遠慮なくいただく」
僕の分まで幸せそうに食べるレオ。ああ、食文化というのは、なかなか慣れるのに時間がかかりそうだ。
隣で魔獣グミを食べ続けるレオを横目に、僕は空を見上げた。空は青い。僕の世界と変わらない。変わらないでいてくれてよかった。食べ物にカルチャーショックを受けたばかりなので、変わらないことに安堵を覚える。
空は青い。雲一つないすっきりとした快晴である。空ばかり見ていると、市場のにぎやかさも、魔獣グミのことも、厄災のことも、何もかも忘れてしまいそうである。気持ちがいいな。
僕が空を見続けて、寝そうになったころ、大空を鳥のようなものが滑空しているのが見えた。鳥といっても、それは、僕の目測ではあるがかなり大きい。おそらく、一羽で軽自動車一台分くらいの高さはありそうだ。形も蝙蝠のような羽のほうが形が近いし、首が長い。恐竜が飛んでいると言ったほうが近い。それが5羽ほど、飛んでいる。しかも、こちらに近づいてきているみたいだ。
これも、この世界では普通なのかもしれない。好奇心が湧いて、レオに聞いてみた。
「ねぇ、レオ、あの空を飛んでいる動物は何?」
「あれは……!」
グミを口に頬張りながら空を見上げたレオは、空飛ぶ恐竜を視界に入れたとたん、ゆるみきった顔を硬直させた。
「あれは……厄災の魔物だ!」
アスラーン市場に、恐竜が舞い降りた。