3章ー3 さいきょうの魔法使い
「あたしは、マミ、ここのマスターよ~。よろしくね~ユー君」
「よ、よろしくお願いします……マミさん」
「あらぁ~かわいいわね~」
「いや、僕一応男なので、かわいいと言われても嬉しくありません」
間延びした話かたをするこの女性は、マミと名乗った。見た目は30代から40代くらい。けしてものすごく若いわけではないが、歳相応の若さ、というか美しさをもっている。引き締まった形のパンツスーツを違和感なく着こなすあたり、仕事のできる人間という感じがするが、間延びしたしゃべり方をするために、外見とのイメージの差が感じられ、少し戸惑うのは仕方のないことだと思う。
先ほど、僕が絶体絶命の危機に陥っているときに、あの開かない扉をいつの間にか開けて、レオの部屋に入ってきたらしい。その場で、レオを言葉巧みに抑えて、救出してくれた。すげぇ。僕の命があるのも、マミさんのおかげである。
かくいうレオは、マミさんの座っているテーブルには近づかず、部屋の隅に、壁に寄り掛かるようにして立っている。ここは、執務室だとか、書斎といった言葉が似合う、マミさんの職場らしい。書類が机の上に山積みになっている。いや、控えめに言って山積みというべきであり、どうやって積んだのかわからない書類たちは低くない天井に届きそうになっている。
「ごめんなさいね~、レオは血の気が多いから、びっくりさせたでしょう」
「そうですね、いろんな意味で死ぬかと思いました」
「……別に殺す気はなかった」
「いや、あれは目が殺ル気に満ち溢れていました」
「それで、彼が例の子?確かに、魔力を全く感じないけど……」
「そうだ、俺が、迷いの樹海で保護してきた。」
「何かのまちがいじゃなくてぇ~?」
「この世界に、魔力のない人間はいるか?」
「まぁ、そこよねぇ~」
先ほどから、耳慣れない言葉が宙を舞う。
なんだよ、「魔力」って。
いや、魔力という言葉自体の意味はわかるが、それがこうも目の前で繰り広げられる会話にさりげなく混ざれる類のものだとは思わなかった。こう、魔力というのはファンタジーの産物だろう?
「あの、魔力って何ですか」
控えめに僕が質問すると、ふぅとため息をはいてからレオがそっけなく答えた。
「魔力っていえば……魔力だ。それ自体が至高の存在であり、それ以外の何物でもない」
「レオ、それじゃわかるわけがないでしょ~、や・さ・し・く、教えてあげないとね」
僕の頭に浮かんだ疑問符を読み取ったのか、マミさんが助け船を出してくれる。ただ、レオのほうにはもう一度答える気はないのか、壁によっかかったまま押し黙ってしまった。
「仕方ないわねぇ~。私が代わりに説明するね」
「は、はい、お願いします」
「魔力はね、事象を改変する力、なの」
「へ?」
その時、けたたましく、建物内にサイレンの音が鳴り響く。小学校とかで、避難訓練したときに流れる、あの徒に危機感をあおる音、と言ったらわかるだろうか。レオとマミさんの顔が一瞬にして引き締まる。何事か、事態を把握していない僕にも、ただ、危機的状況にあるということだけはわかった。
≪緊急警報発令 午後13時35分54秒 本国東部地方リニア村にて 厄災 の強襲を確認 勢力およそ1000 ただちに緊急配備を願いします 繰り返します 緊急警報発令……≫
サイレンが鳴り響く。先ほどまで全く物音のしなかったこの建物のなかが一気に騒がしくなった。放送を聞いたレオが、ふと顔を上げる。
「1000なら、俺一人でいいだろう」
「そうね……お願いできるかしら。支援は出すけど」
マミさんにも、間延びしたしゃべり方はいつの間にか消え失せている。
「ああ、っと。ついでだ」
イケメンが、獲物を見つけた時のライオンみたいに、にやりと、僕を捕えた。
「俺が、魔法について、や・さ・し・く、教えてやるよ」
そのまま、脇に抱えられ強制的に連行された僕は、次は羽もないのに空を飛ぶとこになる。これが、「魔力」とでもいうのか、レオは、重力なんて自分にはかかっていないかのように、重さを感じさせない滑らかさで空を移動したのだった。