1章ー1 誰のためのプロローグ
最高にオモシロイ人生って、どんなだ。
大好きな人達が自分の近くにいるということは、本当に奇跡みたいなことだから、普段から思っていることは、言えるうちに言っておいたほうがいいよ。誰かが言っていた。
だけど、僕が思うに、言えないからみんな困っているんだよな。とってもくだらないことは、いつでも、なんでも、なんどでも言えるのにね。と、僕がこんなアタリマエなことを考えているのにはちょっとした理由があった。
すこし、いや、もうかなり昔の話だ。
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《1》
「悠祐、ゲーセン行こうぜ」
そう言って、僕の唯一無二の親友、上村紘が飛び跳ねて小躍りしながら遊びに誘ってきた。紘は、厳しい冬が終わって、やっと顔を出してきた春にも負けていないくらい、いつも陽気で楽しそうだ。
「あぁ、いいよ。勝負しよう。今日は絶対負けないよ」
「馬鹿め!今日も俺の圧勝だからね、はっはっは、ゆぅはコーナリングが甘いからさ」
ゲーセンに新しく入ったカートレースの筐体に熱狂する僕らはこの春高校二年生になったばかりだ。年齢的には少し大人で、精神的にはかなり子供。受験まで、就活までのせっかくのモラトリアム期間。完全に大人になってしまう前に、遊びたい。遊んで、遊んで、遊びまくりたい。ついでに彼女だって作りたい。そんな、時間がいくらあっても足りないお年頃である。
「あ、ここ新しいファミレスできたんだな、今度行こう。コーヒーが飲みたい」
「僕コーヒー飲めないんだけど。ていうかファミレスでコーヒー飲むとか意味わかんない」
「コーヒー飲めないと、大人になれないぞ」
「じゃあ子供のままでいい、まだ」
「おこちゃまだなぁー、悠祐君かーわーいーい(棒読み)」
「棒読みだぞ、あとお前にかわいいとか言われるのはキモイ、どうせならかわいい女の子に言われたい」
「女の子にかわいいと言われていいのか、お前……」
町は年を重ねるごとに所々変わっているけど、僕は多分これからも変わっていかないんだろうな、なんて少し感傷に浸ってみる。学年もあがったけど、僕の毎日は、10年近く同じクラスだった紘とクラスが離れるとか、ちょっとしたことが変わるだけで、根本的なことは全く変わらない。学校に行って、友達とほどほどに楽しんで、ご飯を食べて、寝て、また学校いっての、その繰り返し。問題もなくただ消費されていく毎日は退屈ではないか?と聞かれたら多分、退屈だと言いそうなものだけど、僕はこの日常に満足している。このままでいい。これ以上望んだって、つかれるだけさ。何もなく穏やかな日常、これくらいがいい。十分、僕は今のままでも満たされている。
「なぁ、ゆぅ」
真剣な顔つきで僕に問いかける。ヒロは僕のことを昔から「ゆぅ」と呼んでくる。間違っても英語のYOUの意味ではないことを言っておく。
「何?」
ヒロは世間でいう「イケメン」に属する、整った顔立ちでいらっしゃる(敬語なのは嫌味)。おまけに性格が非常に明るくて高身長で勉強もできるというスーパー人間。ただし運動はからきしでサッカーのときはボールを蹴ろうとして、手と足を一緒に出してコケて肩を地面にぶつけた衝撃で肩をはずすようなどんくさい奴だ(すべて実話で一切の脚色はない)。そこがかわいいと、なぜか女子からの人気を上げているらしくヒロに告白してくる奴は多い。
対する僕はいたって黒髪・黒目の平均的な日本人男子って顔で、これといった特徴もないフツメンである(ヒロ談)。普通なら僕にも何かフラグ的なのが発生していてもいいと思うのだが、僕の隣がイケメンであるわけだから……これ以上は言わなくてわかるだろ?一つ言っておくなら、僕は「彼女いない歴=年齢」である。同士、絶賛募集中。この虚しさを、傷をなめあって埋め合わせたい。
なぜこんなヒロの顔について長々と語っているというかというと、ヒロに真面目な顔で呼びかけられると、いつもは変なテンションでダラッとだらしなくゆるみきった顔が(ただしこの状態でも世間様によればイケメンらしい、世の中本当に不公平だ!)目元が引き締まりキリッと本来のイケメンになるため、こっちまで緊張してしまうのだ。
「……俺たちクラス離れるけど、これからも……友達だよな?」
そんなくさい青春ドラマみたいなセリフがあるか、と言いたい。言いたいが、僕はどうやらヒロの青春イケメンオーラにやられたらしい。顔がむやみにほてって何も言えない。よく見ると、ヒロも頬が赤い。そういえばこいつは最高にヘタレだった、すでに何人もの女の子に告白されているのに自分にはもったいない、付き合うのは恥ずかしいと、誰とも付き合ったことがない、(僕に言わせれば非常にもったいないことをしている)極度の恥ずかしがりやで、誰よりも優しい。僕もこいつとの付き合いはもう10年以上と長くなる。だから、いい面も悪い面もよく知っている。今のくさいセリフも、かなり勇気を出してひねり出したのだろう。彼が真夏の夕陽のように耳まで真っ赤になっている。そして、多分、僕も。
おさまらない頬の赤みを隠しながら、僕が必死に紡ぎだしたものは、最高にひねくれていた。
「お、お前なんか友達じゃないし……」
「ゆぅって嘘つくときに首筋触る癖あるんだけど知ってた?」
「く、首筋なんか触ってないし!!」
「ほら、また触ってる。本当に昔からかわらないよなぁ。ゆぅは」
「どこが?僕だって、すこしは変わっているはずなんだけど……」
「いいや、変わらないよ、ずっと」
僕らは病に侵されて頭がおかしくなっていたらしい。若気のいたり、という病。またの名を、青い春。
たまには、こんな青臭い空気のなか、普段は言わないことを言ってみるのもいいかもしれない。
〈お前は、今までも、これからも、最高の親友だ〉
僕の最高の親友へ。僕の素直な気持ちを。
普段は恥ずかしくて言えない、僕がいつも思っている気持ちを。
これが、僕が冒頭でうだうだ述べたことにつながる。くだらないって?こんな茶番見せられても面白くないって?まぁ、我慢してもう少し見ていてよ。その前にちょっとしたフラグを建てておこうか。最高にわくわくするフラグを。
「僕」は紘と違う世界に生きていて、僕の声はどうやっても届かないようになっていた。
本当に世の中ってどうしようもなく理不尽で、僕にはどうしようもないところで回っていたんだね。
ねぇ、神様がいるならさ、一言でいいから言わせてよ。
お前の都合に人を巻き込むなよ。馬鹿野郎。