瞬き
不思議な場所だ。
ここは、役立たずと呼ばれる人がいない。
身震いがした。
善意なんかじゃない。同情なんかじゃない。
誰もが、誰かの役に立っている。仕事をしている。その人にあった仕事を、できることを……。
「どうしたの?」
「あ、あの、」
立ち止まってしまった私にツイーナさんが声をかけた。
なんていえばいいんだろう。
すごすぎて震えているのを……。
感動?衝撃?
「えっと、皆が働いて、仕事して、寝たきりになっても誰も役立たずなんて言わなくて、言われなくて……あの、すごいなって……。なんか、すごいなって……」
ツイーナさんがふっと笑った。
「仕事?働いてる?ここに寝ている、昔話しかできない人たちが働いているように見える?」
え?
「あの、話をするのも仕事なんじゃ……?」
ふふふとツイーナさんは微笑みながら、次の部屋に向かった。
カチャリとドアを開いて、私を部屋の入口に立たせた。
「じゃぁ、エイル、ここにいる話もできなくなった人は役立たずかしら?」
今までの部屋と違う、静寂があった。
ドアが開いたというのに、誰もこちらに視線を向けたりしない。
音が聞こえないのか。目も見えていないのか。
ベッドの上で時折手や足が痙攣しているのが見せる。
「彼らは、坑道の毒を浴びすぎてしまったのよ。まともに食事すらできない。すりつぶした食べ物を口から入れて貰わないと命もつなげない。話すこともできない。わずかにできることは、瞬きくらいよ」
「坑道の……毒で……」
怖い。
「彼の名はピーター、彼はゴードン、彼女はパナヤ、さぁ、書いてちょうだい。エイル、さぁ早く」
紙に名前を書く。
その横の印は……。
「あ、あの、ツイーナさん……どうしたら……」
「どうって、仕事をしてるかどうかチェックするんでしょう?もっと近くに行って接しなければ分からないんじゃない?」
だって、近づいたって、彼らは何もできないのでしょう?
だったら、×を書くしか……。役立たずだって……そう書くしか……。
「ふふ、エイルは優しい子ね」
ツイーナさんが私の肩をぽんっと叩いた。
「役立たずって何だと思う?作業場にいる人たちは宝石の加工をしていた。歩けなくても手を使った仕事をしている。だから、役に立ってるわね?じゃぁ、この建物で寝ている人は?幼児のように歌うことしかできないミミリーナのような人は?話や歌なんて仕事のうちに入るかしら?」
ツイーナさんの顔は決して意地悪を言おうという表情には見えない。
「仕事というのは、生産性がないと成り立たないわね。非生産的なことなど、お金にもならない。だから、役立たずだと切り捨てるべき。いえ、切り捨てたとして誰にも責められない……。人の手を借りなきゃ生きていけない人間は必要ない。違う?」
「ち、ちが……」
違うと言いたいけれど、はっきりと言うことができない。
魔欠落者の子供がいては、生きていくことすらままならないテラの母親。苦渋の選択でテラを捨てたのだろう。
切り捨てられたテラ自身も、母親が幸せになれるなら、捨ててくれてよかったって……。
生きていかなくてはならない。生きていくためには、きれいごとばかりでは無理だというのは分かる。
分かるけど、分かりたくない。
「エイルも分かってるわよね。生産性のない人間を養うにもお金が必要。お金がないから切り捨てるしかない。じゃぁ、切り捨てられたらどうなるのかしら?」
目の前のベッドに横たわる人たちが捨てられたら、きっと生きていけない。
見殺し……。
ツイーナさんがぽんと背中を押す。
「ピーター、今日は彼女がお手伝いに来てくれたのよ。エイルよ」
ツイーナさんの言葉が耳に届いているのか、ピーターさんが瞬きをした。
「ほら、エイル、挨拶してあげてね」
「は、はじめまして、エイルです」
瞬きが返ってくる。
「エイルはね、とても優しくて、皆のことを心配しているみたいなのよ。ピーターだから教えてあげて」
瞬き。
「今日の気分はどうかしら?上々?」
瞬き。
「エイルのこと、気に入らない?」
瞬きはない。
「エイルのことよろしくね」
瞬き。
「ほら、エイルも。何かお話してあげて」
「わ、私、えっと……魔欠落者だから、あの、それでもよろしくお願いします」
何を言っていいのか分からなくて、そんな言葉が出てきた。
瞬きがない。
え?魔欠落者とはよろしくできないのかな……。
「エイル、魔欠落者じゃなくて、魔特化者でしょう?ね、ピーター」
瞬き。
ピーターの顔に表情はないのに、その瞬きがとても優しく映った。
順に3人に話しかけて部屋を出る。
「さぁ、エイル、印をつけて。あなたはどう思った?」
3人の名前の横を、ツイーナさんがトントンと指ではじく。
仕事をしているか……してない。
やっぱり、×はかけない。動かない私にツイーナさんが口を開く。
「エイル。この建物の非生産的な人たちの役割って何だと思う?仕事じゃなくて、役割よ」
役割?
「彼らの役割は、死ぬこと」
死ぬことが、彼らの役割?
どういうことなの?
背筋が寒くなる。
重苦しい内容が続いています。
あくまでもエイルの住む世界では、です。