テラの職場
魔欠落者だからさらわれて売られたのに。
奴隷としてずっと働けと言われたのに。
ジョセフィーヌ様は、魔欠落者が憎いと言っていたのに。
ここにいる人たちは、魔欠落者を差別しないの?
なんで?
「ま、ちゃんと仕事をして役に立っている限り、温かいご飯を腹いっぱい食べられるし、酒も飲める」
「そういうこと。ここに役立たずはいない。嬢ちゃんもしっかり働けば追い出されないよ」
追い出されない?
え?
逃げるとか逃げないとかじゃなくて?
どういうことなの?
「おしゃべりばかりしてないで、仕事をしてください!三角つけますよ!」
ツイーナさんが戻ってきて大声を出した。
「あー、はいはい」
作業場の人たちは、すぐに作業に取り掛かる。
「あー、ガッシュ、戻ってきたならそこの大きい方の取ってくれ」
私も急いで立ち上がりメモを持ってツイーナさんの元に駆け寄った。
「ここは第一加工所ね。他のメンバーで問題があった人はいた?」
メモ用紙に第一加工所と書いて、全員二重丸と書き加えた。
それを見てツイーナさんが笑った。
「ふっ。そう。まぁ、今日はそれでいいか」
それから、ハデストさんに関するメモを見て私の頭を撫でる。
「いい情報をゲットしたわね。エイルの仕事っぷりも今のところ二重丸だわ」
あの女性のおかげだ。私の手柄ではないので、少し複雑な気持ちだ。今度は自分の力だけでちゃんと二重丸が欲しいと思ってしまった。
「じゃぁ、次に行きましょう」
次の建物は、2階建てで頑丈そうな作りだ。1階に入ると、ぷぅーんと独自の匂いが鼻を突いた。何だろう。嗅いだことのある草の匂いや木の葉の匂い……不快ではないけれど、いろいろな匂いが混じって濃い。
「ここは医局」
医局?
部屋にはいくつかの簡易ベッドと椅子やテーブルがあり、5人ほどの人が忙しく動いていた。
全員白い布を身に着けている。
回復魔法の使い手だ。
「製鉄所で火傷患者、レベル3」
突然風魔法で声が届いた。
「製鉄所、レベル3の患者か、おい新入り、火傷の治療はできるか?小さなやけどじゃないぞ。手一本とか広範囲の火傷だ」
「大丈夫です」
「じゃぁ、ついてこい。製鉄所はこっちだ」
すぐに男の人が一人鞄を掴んで出口に向かった。
「あ」
新入りと呼ばれたのはテラだった。
「行ってくる」
そうか。テラは医局で働いているのか。
「第二鉱山で発熱患者。レベル2」
小さく頷いてテラに返事する間にも再び声が届いた。
「あー、俺行ってくるわ。薬、これでいいよな」
薬?そうか。この匂いは薬草の匂いなんだ。
傷薬にシップ、飲み薬に……。自分の回復魔法では直せないけれど、教会にお金を払って頼むほどではない怪我や病気は薬に頼ることもある。
魔欠落者……ううん、回魔特化者の回復魔法はよほどのことがなければ直せないなんてことはないんじゃないの?
顔に思っていることが出ていたのか、ツイーナさんが教えてくれた。
「回復魔法で熱が収まって体力が回復したとしても、熱が出たってことは疲れがたまっていたって言うことだからね。魔法で回復して治ったつもりでも、無理はできないんだよ。ちゃんとある程度時間をかけてしっかり治した方がいいこともあるんだ。だから、体力回復の手助けと熱があんまり高けりゃ下げる手助けはするけれど、あとは薬でゆっくり直していくんだよ。だから、薬も使うのさ」
そうなんだ。
なんでも魔法で何とかなるんじゃないんだ。
「さ、いつもの、お願いね」
次々に医局に声が届いて患者の元に人が散っていく。
残っていた青年にツイーナさんが声をかけた。
青年は、大きなカバンを手に持ってツイーナさんの後を追って階段を上っていく。あ、私もついていかなくちゃ。
2階には4つほど扉があった。一番手前のドアをノックしてツイーナさんと青年が入っていった。
「!」
部屋の入り口で思わず立ち止まる。思わず出そうになった声をぐっと飲み込む。
部屋にはベッドが6つ並び、やせ衰えた老人たちが横たわっていた。
優秀な回復魔法の使い手が何人もいるのに寝たきりになっているということは……彼らは、死を待つばかりということなのだろう。
「さぁ、彼らの働きぶりも評価するのよ」
入り口で立ち止まっている私にツイーナさんが声をかけた。
「働き?」
ベッドに力なく横たわっている彼らがなんの仕事をしているというの?
「さぁ、メンネさん、この子は新入りで何も知らないから、お話してくれる?」
手前の右側のベッドの老人にツイーナさんが話かけた。
「よかろう。いいかい、嬢ちゃん。鉱山に入るときは必ず右足から入るんじゃ。左足から入ると不幸が訪れるからな。わしゃ、長い間右足から入ることを心掛けて追ったからこの年まで無事に生き延びられたんじゃよ」
鉱山には右足から入る?
右足から入ろうが左足から入ろうが一緒じゃないの?
「ちゃんと聞いた話はメモをとりなさい」
ツイーナさんに言われてメモをする。でも……。
「ふふ、ゲン担ぎや迷信と思われることにも意味があるのよ。常に右足から入ることを心掛けるということはね、今から鉱山という危険な場所に足を踏み入れるんだという気持ちの切り替えになるの。だから大切なことよ」
ああそうか!