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作業場の人々

「何をしているの!やめなさい!」

 ツイーナさんが叫び、ジャッカが慌てて男の肩を掴んで止めた。

「俺はダメだ。歩けないだけじゃない。座ってする仕事だってまともにできねぇ。ポンズよりも3年も早くここで働いているのに、昇段できない……」

 男の目には涙がたまっていた。

「俺は、役立たずの出来損ないだ……」

 歩けない?もしかして、ここにいる人たちは皆、足が悪いの?だからガッシュさんに運ばれてきたし、物を取るのをガッシュさんに頼んでいるの?

 足が丈夫な俺の仕事と、ガッシュさん物を運ぶ仕事をしている、ここにいる人たちは足ではなく手を使った仕事をしているということなんだ。

「エイル、メモを。ハデストに×印を」

 ハデストがビクンと肩を震わせた。

 紙にハデストと名前を書く。だけれど、×印が書けなかった。

 ×印は……。

「さぁ、エイル、きちんと記録を取りなさい。ハデストは自らこの仕事が向いていないと言ったのですから。×を」

「ああああっ」

 ハデストさんが机に突っ伏して泣き出した。

「ガッシュ、ハデストを部屋に運んでちょうだい。こんな状態で宝石に触れられては原石がもったいないわ。他の人にも迷惑になりますから」

 ガッシュは頷くとカートにハデストさんを乗せた。

「すぐに戻ってくるから、エイルはここで皆の仕事の様子をよく見ておくこと。それから手の届かないものを取ってあげて」

 ツイーナさんがガッシュさんについて作業場を出て行ってしまった。

 私の手元の紙にはまだ×印が書けないままだ。

 役立たずの出来損ない……ハデストさんの言葉が耳の奥でこだましている。

 私の前に座っていた中年の女性がくるりと振り向いた。そして、私の手を取って、大きなバツ印を書いた。

「あ、待ってください、彼は、ちょっと他の人の昇給に情緒が不安定になっただけで……役立たずなんかじゃ……」

「新入りだもんね、何も知らないんだから仕方ないけど」

 女性がふっと複雑な笑いを顔に浮かべた。

「だって、3年はここで仕事が続けられたんでしょう?役に立たないなら、もっと前に追い出されるでしょう?だから、彼は役に立つんですよね?」

 女性が隣の開いている椅子をぽんぽんと叩いた。

「後ろを向くのも大変だからね、ちょっとここに腰かけてくれないかい?」

「あ、ごめんなさい……」

 素直に椅子に座る。

「ほら、これが私の加工した石さ。どうだい、きれいだろう?」

 見れば、ポンズさんの加工した石よりもずっと大きな、親指の爪くらいの大きな宝石があった。光が幾重にも反射して大きさだけでない加工による輝きが美しいと一目でわかった。

「歩けなくたってね、誰も私のことを役立たずなんて言わないさ。これほど宝石を磨く技術に長けた人間は他にいないだろうからね。だけど、ハデストはダメだ。3年、見てきたから分かる。努力していたがとてもものにならない」

 そんな……。

「優しい子だね。そんな悲しそうな顔をしなくても大丈夫さ。ねぇ嬢ちゃん、役立たずでいることは苦しいんだよ、分かるかな?」

 役立たずでいることが苦しいっていうのは、誰かの役に立ちたいけど立てないっていう苦しさ?

 単純に役立たずの足手まといでいる劣等感が苦しいっていうこと?

 それとも、役立たずとののしられることが苦しいっていうこと?

「私はね、ここに来る前は食堂に配置されてたのさ。芋の皮むきが私の仕事だった。歩けなくてもできるからね。だけど、私は役立たずだったよ」

「え?」

「どうも、へこんだ芽の部分の少しの皮が残っているのが気になって仕方がなかった。食べて害がないのだから他の人は気にせず大方皮がむけたら次の芋に取り掛かるのに、私はその小さな部分が気になって一つの芋を向くのに他の人の3倍も4倍も時間がかかったのさ。だから、私は役立たず。誰も私を責めやしなかった。だけれど、他の人のバケツが向いた芋の山になっているのに、私のバケツは三分の一も埋まっていない。それが心苦しくて。いくらむく練習をしても、やっぱり細かいことが気になって、気にしないようにと思ってもダメでね。だから、×がつけられた」

 手元の紙の×印を、女性は指でとんっと叩いた。

「役立たずには×。そうして、細かいことを気にしすぎる私はここに移動になった。ここの仕事はとても繊細だ。細かなことを気にしないようでは仕事にならない。小さな細かい作業を根気よく続けることが大切さ」

「それって……」

 女性がうんと頷く。

「役に立っていないと苦しんで続けるよりも、自分が役立てる仕事に変えてもらった方が幸せさ。そうだろう?」

「はい!」

 無能の役立たずじゃなくって、この場よりももっと役に立てる場所がある。

「ハデストはね、どうも右手の握力が少し弱いようで、右手と左手でバランスよく石を磨くことができないでいたようなんだよ。だからこういう細かい力加減が必要な仕事はいくら続けても難しかったと思うよ。その代り、工具の具合が悪いと、ちょいちょいと直してくれたからね。そういう仕事が向いてるんじゃないかな」

 女性が、×印を再びトントンと叩いた。

「ほら、メモしときな」

「は、はい!」

 工具の修理が得意。

「嬢ちゃん、無能の役立たずっていうのはな、たいてい働かずに人を貶してるのさ。自分が無能の役立たずだって思いたくないから、人を貶して自尊心を保つのさ」

 女性の前に座る老女がふふっと笑う。

「嬢ちゃんは魔欠落者だろう?」

 私の腕に巻いたオレンジの布を指さす。

 びくっ。

 そうだ。ここでは、このカラフルな布が魔欠落者を隠すことを許さないんだ。

「魔欠落者だと馬鹿にする人間がいたらさ、そいつは無能の役立たずだ」

 隣の男性が頷いた。

「ちげーねぇな。文字が書けない学のなさを、魔欠落者のくせにって言葉でごまかすのさ」

「ハデストをかばおうとした優しさも、人を思いやることができない自分の醜さから目をそらすために、魔欠落者が生意気だって言うんだろうよ」

 別の男性も頷く。

「あの、ここにいる人たちは、魔欠落者は悪魔付きだって、だから、その……」

 だから馬鹿にしたり貶したり……。

「まぁ俺たちもさ、誰か彼かに似たようなこと言われたのさ。悪魔付きよりも役に立たないお前たちは何なんだってな。そこで考えたわけだ。悪魔って何だと」

「なんつぅかさ、ここになじめない人間ははなからここに残っちゃいないからなぁ。神殿の教えを心底信じてるやつはここにゃいない。神様に祝福された人間、悪魔に魅入られた人間、そんなもので人間は分けられるわけねぇよな。嬢ちゃんは優しいし、俺の家族は……家にいるときはまるで地獄だった」

 混乱する。


*いつもご覧いただきありがとうございます。いきなりたくさん人が出てきますが名前覚えなくていいですよ。

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