仕事と昇段
「山?」
「鉱山があるのよ」
鉱山?
鉱山で労働させられるってこと?……重労働のイメージだ。大丈夫かな。カーツ君にテラ。……それに、私たちより前に売られた子供たち。
あれ?
重労働であれば、子供よりも大人の方が役に立つんじゃないの?なんで子供なんだろう?
「大丈夫よ」
ツイーナさんが私の背をぽんっと叩く。
1階に降りる。
ツイーナさんの作業部屋だろうか。机といす、それに簡易的なソファセットが置かれただけの部屋に案内された。
「さて、ではエイルはこれを持ってね」
ツイーナさんが紙束を乗せた木の板と携帯用インク壺とペンを私に差し出した。
「それから、これを押していくんだけど」
部屋の隅をツイーナさんが指さす。そこには大人が3人乗れそうな大きなカートがあった。
「私一人じゃ押せないからね」
じゃぁ、収納して持っていきますと言おうとするより先に、ツイーナさんが風魔法で人を呼んだ。
「【風】カート運びお願い」
現れたのはカーツ君と同じズボンとシャツの男の人だった。長い布は身に着けていない。
「ツイーナお待たせ。その子は?収魔特化者だろ?なんでこんなとこにいるんだ?」
「文字が書けるんだって」
「へー、そりゃいい。ツイーナは字がへたくそだもんなぁ」
「何よ、私だって、右手が使えればもっと上手に書けるわよ!」
「へへへっ、どうだかなぁ。ツイーナのがさつな性格じゃ書く文字も想像できるけどな」
右手が使えれば?
ツイーナさんがカートの持ち手を左手で握る。その隣を男が右手で握って二人でカートを押し始めた。
ぶらぶらと揺れるツイーナさんの右手。
ぶらぶらと揺れる男の左袖。
「あ、あの!私が収納して運びます!」
後ろから声をかけると二人が同時に振り向いた。
「大丈夫よ。いつものことだし。収納してほしいものは他にあるから。それに、これはジャッカの仕事なの」
ツイーナさんが男の顔をちらりと見る。
「そ。足が丈夫な俺の仕事」
にぃっと男が笑う。
「まぁすぐに分かるから。行くわよ」
屋敷を出て、庭を突っ切って、垣根を越えて、一番手前の2階建ての建物の前に来た。
「仕事の時間だぞー」
カートを押して男が建物に入っていく。
建物から出てきたときには、カートの下の段に何か荷物があり、上の段にはなんと男が2人と女が一人座っていた。
「え?」
びっくりして立ち止まる。
「ほら、収納では無理でしょう?人を乗せないといけないんだから」
私の収納なら人も運べるというのは言えない。だから、素直に頷いておく。
人を乗せたままカートを押して、すぐ隣に建てられた簡素な建物に入っていった。
建物の中には食堂に置かれるような大きなテーブルがあり、そこを囲うように10人ほどの人が座っていた。
カートに乗っていた人を、ジャッカが片手で持ち上げて椅子に座らせていく。
「おーい、ジャッカ、アレとってくれ」
「次は俺にハンマー」
作業場で、ジャッカは次々と人に頼まれてものを取って渡していく。
「うん。今日もジャッカはよく働いてくれてる。健康状態も良さそうね。エイル、ジャッカと書いて二重丸」
え?
「あ、は、はい」
紙にジャッカと名前を書き、隣に二重丸を書いた。
「足が丈夫な彼の仕事は物や人を運ぶこと。ほら、てきぱきと頼まれたものを間違えずに人に運んでいるでしょう?」
確かに。次々と頼まれる品物を、どこにあるのか探すようなこともせずぱっぱと渡している。
だけど、渡されるのを待っている人は、自分でとった方が早いんじゃないのかな?
「さて、次のチェックね」
テーブルの一番奥に座っている人のところへ行く。
「昨日の成果はこれだ」
小さな蓋つきの箱を男が開けると、中には柔らかそうな黒い布が詰められていた。
「【取出】」
男が呪文を唱えると、黒い布の上に小さな輝くものがぽんっと現れた。
「宝石……きれい」
小指の爪よりもずっと小さな石だけれど、すごく輝いている。薄いブルーの宝石だ。
ツイーナさんが箱を持ち上げ、顔のすぐ前に持ってくる。箱の中に入っていた棒で宝石の向きを変えながらじっくりと確かめている。
「うん、とてもきれいにカットされているわね」
ツイーナさんの言葉に男がふっと鼻を鳴らし、もう一度呪文を唱えた。
「【取出】」
黒い布の上に、もう一つ薄いブルーの宝石が現れた。
「え?もしかして……」
「ああ。昨日は二つ磨き上げた」
男が自慢気に鼻の下を人差し指でこすった。
ツイーナさんは新しく現れた宝石もしっかりと確認。
「こちらも素晴らしい出来だわ。ポンズ、昇段よ。ジョセフィーヌ様に給料をあげてもらうわ!」
ツイーナの言葉に、男がガッツポーズをする。
「やったな、おめでとう」
「ポンズに先を越されたか!次は俺だ」
「おごれよ、給料上がるんだろう」
作業場に明るい声が上がった。
「エイル、メモしてちょうだい。ポンズ、昇段」
言われるままにメモを取っていると、ガツンと大きな音がした。
ポンズさんの前にいたモミアゲの濃い男の人が、額を机に打ち付けていたのだ。
ガツン、ガツンと。