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94 感情

「母様が……母が教えてくれました」

 ベールに隠され表情は見えない。

 だけれど、ジョセフィーヌ様の手に力が入っていることからずいぶんと感情が揺さぶられていることが分かる。

 怒りか。驚きか。悲しみか。

「お前の書く文字は庶民のそれとは違う。いいところの人間が書く文字じゃ」

「え?私の書く文字が?」

 なぜ母様は知っていたの?

 父親もそこそこ裕福だったとは思うけれど、母様はどこでどうやって育ったの?

「なぁ、エイルよ、いいところの子として生まれたのに魔欠落者だったお前は」

 ジョセフィーヌ様の顔が私の顔に近づいた。ベールの奥の目の光が少しだけ見える。

 憎しみの光?そう感じて背筋が冷たくなる。

「なぜ生きてる」

 ドンと肩に衝撃が走る。

 ジョセフィーヌ様が私の右肩をついたのだ。突然のことでそのまま後ろによろけて床にお尻をついた。

「お前はなぜ生きていられる」

 なぜ?

 え?

「家の恥だと言われなかったのか」

 言われた。父親に何度も何度も。

「お前さえいなければと言われなかったのか」

 言われた。言われた。父親に何度も。

「死んでしまえと、言われなかったのか」

 仁王立ちになって私を見下ろすジョセフィーヌ様。

 言われた。

 そして……殴られた。

 そのたびに、母様が私をかばってくれた。気が付くと涙が頬を伝っている。

「生きているのは……母様がいたから。私のことを愛してくれた、母様がいたから……」

 ジョセフィーヌ様の足元がふらりと揺れる。

「はっ、はははっ、はーっはっはっは。愛か。愛など口にするなど愚かとしか言いようがないの」

 机に手をつき体を支えるジョセフィーヌ様。

「お前には愛を語る資格があるはずがなかろう?お前の存在が家族を苦しめていたのじゃ。なぜ生きておる。なぜ死なぬ。愛があれば、その愛が本物であれば、愛する家族のために、なぜ死なぬのじゃ?」

 私さえいなければ母様は幸せになれたの?

 ううん、違う。違う。

 いつも私を両腕に抱えて守ってくれた母様。

 生きていてくれたらそれでよかったと涙を流していたラァラさん。

 それから……スラムに子供を置いてきてしまったけれど、自分が食べるよりも子供に食べさせたいとやせた手で食べ物を届けるテラのお母さん。

 きっと私の存在がいっぱい母様を苦しめてた。

「死んだら、もっと苦しめる」

 いつも謝っていた母様。魔欠落者に産んでしまってごめんねって。私が死んだりしたら……魔欠落者に産んでしまったという自分を責め続けるに違いない。

「産んでくれてありがとうって、そう言うために私は生きてる」

 ジョセフィーヌさんが机についた手が小刻みに震えている。

 怒っている?私、何か怒らせるようなことを言ってしまった?

 でも、やめない。

 生きている私を否定することは、私を大切に思っていてくれるみんなを否定することだもの。

「幸せに笑って暮らしてる姿を見せるために……生きていきます」

 沈黙が降りた。

 呼吸音すら聞こえない。息を止めているのか。

「ははは。それは残念なことだ。母様はなぜ今いない?捨てられたのではないか?お前はもうこの先幸せになどなれぬ。ずっと妾の奴隷として働くのじゃ。一生ここから出ることはかなわぬ。母親に言葉を届けることなど二度とできぬ」

 力のない声だ。

「母様は亡くなりました。だから、母様にはいつでも声を届けることができます」

 人は死ぬと天に上ると言われている。夜空に輝く星は、亡くなった人の魂だと。指を天井に向ける。

「はっ。生意気な魔欠落者の娘。いいさ。妾が地獄を見せてやる。妾は魔欠落者が死ぬほど嫌いじゃ。憎い。妾の幸せを奪った魔欠落者がな!」

 ドンっと机をこぶしで叩いた。

「【風】新入りに仕事を教えてやれ」

 ジョセフィーヌ様が魔法で声を飛ばすとすぐに一人の20代半ばに見える女性が姿を現した。

 貴族のお屋敷にいる侍女のような服装をしている。カラフルな色の布は付けていない。

「文字が書けるようじゃ」

 ジョセフィーヌ様の言葉に女性の顔が明るくなった。

「それは素晴らしいです。収魔法特化者というのも助かります」

 ぺこりと女性がお辞儀をして部屋を出ていく。私もそれを真似して部屋を出た。

 どういうことだろう。

「私はツイーナよ。人事管理の仕事をしているの。働いているみんなの様子を見たり御用聞きをしたリ、まぁ説明するよりは実際に働いた方が早いわね。名前は?」

「あ、エイルです」

 ツイーナさんはジョセフィーヌさんの前で「収魔特化者」と私のことを言った。

 魔欠落者という言葉は使わないというルールは誰が決めたものだろう。ジョセフィーヌさんは私を何度も「魔欠落者」と呼び……そして、魔欠落者を憎んでいると言っていた。

 分からないことだらけだ。

 ジョセフィーヌさんに仕えるツイーナさんは私に対して不快な態度をとるようなことはない。

 廊下を移動しながらツイーナさんは人懐こい笑顔を私に向けてくれた。

「新入りはあなただけ?一緒に来た子はいない?」

「います。二人」

「そう。何特化?」

「光と回復です」

「そう。じゃぁきっとあそこで働くことになると思うわ」

 ツイーナさんが窓の外を指さした。そういえば窓から外の景色を見るのは初めてだ。私たちが来た方向とは逆側が見える窓。

 コの形に屋敷は建っているようで、建物に囲まれて整えられた庭が見える。噴水を中心に花々や木が植えられている。

 庭の向こうには背の低い垣根がある。超えようと思えば越えられそうだ。垣根の向こうには大小さまざまな建物が立っていた。

 2階建ての部屋が20ほどありそうな大きな建物がいくつか並んでいる。1階建てでは、何かの作業場のような簡素な建物から石造りのしっかりしたものまでいろいろだ。

 小さな街の向こうには山があった。どうやらこの屋敷は後ろと東側が魔獣の森。前方と西側が山という場所のようだ。

 ツイーナさんが指をさしたのは東側の山だった。


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