93 何故
「ちょうどいい、忘れないようにメモを取れ」
ペンと紙を渡される。
「黄は光、白は回復、収納が橙、私は青の水、風は緑で火が赤だ」
言われたことを紙に書きとる。
「ほう、ずいぶん書きなれているようだ。私よりも読み書きは得意そうだな」
男が私の手元をのぞき込んでニヤリと笑う。
「明日までに色の意味を覚えて置け。ここで生活するうえで、水が飲みたければ青、具合が悪くなれば白、見つけて頼むことだ。お前たちも頼まれたら決して断るな。それがまず一つ目のルールだ」
一つ目のルール。
「なぁ、あんたも魔欠落者なのか?」
青い腰に巻いた布を指さしてカーツ君が男に尋ねた。
「あんたも?いいや。違う」
そうなの?あの温度を調整できる水魔法は誰にでもできるっていうこと?でも、レイナさんは魔力が高いけれど、お湯は出せなかったんじゃないかな?
「ここには魔欠落者はいない。私は水魔特化者だ」
「「「え?」」」
私たちの声が重なった。
「お前は光魔特化者、回魔特化者、収魔特化者だ」
「収魔特化者……?」
男が頷く。
「もう一度言う。ここには魔欠落者などいない。ジョセフィーヌ様に仕えたときから、我らは特化者だ。ルールの二つ目は、魔欠落者という言葉を使わないだ。覚えておけ。さぁ、食事が覚める。さっさと食べて寝ろ。明日からは馬車馬のように働かされるからな。覚悟しておくんだ」
男はそう言い残して出て行った。
「光魔特化者か……なんか、かっこいいな」
ふふっとカーツ君が笑った。
「魔欠落者を……悪魔付きを雇っていると知られると都合が悪いから、魔欠落者はいないということにしているんだろうか?まぁ雇われているわけではないけれど……」
テラがうーんと首をひねる。
「まぁ考えるのは後にして食おうぜ。見てみろよ、これ!」
パンと具のたくさん入ったスープ。それから、肉まであった。
「すげーな。売られた初日だからかな。逃げ出そうとしないためにごちそう食わせてふかふかのベッドで寝かせるのかな。ラッキーだな。オイラたちどうせ逃げる気なんてないのになぁ」
「はは。本当だ。そう考えたら今夜はラッキーだね。明日から、どんな状態になるかは分からないけど」
無いものからあるものに目を向けるだけで……。
私たちは魔欠落者じゃなくなる。
「おいしい」
口に入れたスープは優しい味がした。
「うん、おいしい!」
もしかして、このスープの水も水魔特化者の水で作られたものかな。確か、柔らかい水が出せると料理がおいしくなると聞いた。とっても料理に向いた水が出せる人がいるのかもしれない……。
そうだ、柔らかい水が出せる人の話はルークとファーズさんと行った食堂で聞いたんだ。貴族のお屋敷でも働けるくらい貴重だけど、軽度魔欠落者だから貴族のお屋敷では働けないって……。
「なぁ、頼まれたら断っちゃダメってルール聞いたよな。ってことはさ、風魔法の使い手……えーっと、緑だっけ?緑の人にエイルやテラに声を届けてくれって頼めば、連絡が取れるってことかな?」
「そうだね。流石に逃亡計画はバレるから離せないにしても、自由な時間が取れるようなら、会う約束くらいはできないかな?」
「みんな同じ場所で働かされれば問題ないんだけどね……なんか、私も男の子のふりすればよかったなぁ」
エプロンを掴んで持ち上げる。
「んー、どうなんだろう。まだ子供の姿一人も見てないし。大人の魔欠落……あ、えっと、魔特化者はさっきの人のほかにいるかわからないし。門番っての?お金をあいつらに渡してた老人ってさ、布ついてなかったよな?」
カーツ君の言葉に老人を思い出す。どの布も派手な色をしているから、身に着けていたとすれば覚えているはずだ。確かについてなかった。
「はぁお腹いっぱい」
「なんだよ、テラ残すのか?だったらもらっていいか?」
カーツ君がテラの残したパンを手に取った。
「もしよかったら私の分もどうぞ。スープとお肉だけでお腹いっぱいになっちゃった」
「サンキュ。お前たち小食だなぁ」
「カーツが食べすぎなんじゃないか?」
「いや、普通普通。ってか、こんなうめーパン、次にいつ食えるかわかんねぇから食べなきゃ損だろう」
次、いつ食べられるか……か。
この先どんな扱いされるのか分からないものね。
ドアが開き、いつもの男が顔を出した。
「おい、お前、ジョセフィーヌ様がお呼びだ。ついてこい。他の二人はすぐに仕事だ。さっさと食事を済ませろ」
え?
ジョセフィーヌ様が私を?
ちらりと二人の顔を見る。
カーツ君とテラが小さく頷いた。大丈夫、がんばれって言っているようだ。
通されたのは、初めに連れていかれた広間とはちがい、書類のたくさん載った机や本棚が所狭しと並ぶ執務室のような場所だった。
机の数は4つ。奥に一つだけ他のよりも大きな机があり、そこに黒い服を身に包んだベールの女性が座っている。
「ジョセフィーヌ様お連れいたしました」
「ふっ、下がってよい」
男は頭を下げて部屋を出る。部屋には私とジョセフィーヌ様だけが残された。
「哀れな魔欠落者の娘、名をなんと言ったか」
「……エイル、です」
くっとジョセフィーヌ様は笑い、一枚の紙を取り上げた。
「そうじゃった。ここに書いてあったわ。エイル、ずいぶん美しい字をかくの」
字を褒められた?お礼を言うべきか躊躇していると、ジョセフィーヌ様の低い声が耳に届いた。
「魔欠落者のくせに」
びくっ。
ジョセフィーヌ様が立ち上がり私のすぐ前に来た。
顎を掴まれ顔を上に向けさせられる。
「魔欠落者のくせに、お前はなぜこのような美しい文字を書けるのじゃ」
いつもご覧いただきありがとうございます。
更新頻度に波があり申し訳ありません。書けたときに更新する感じになっています。
そしてやっとたどり着きました。妾の城に。第二部はここがメインです……。




