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収納と書かれた橙色の細長い布。どうやって身に着けていいのかわからず首をかしげる。エプロンと布は手に持って湯あみ場を出た。
「テラ、次どうぞ。あ、脱いだ服は処分されたくなかったら収納しておくから言ってね」
テラは脱いだ服を持って出てきた。
「お言葉に甘えて収納お願い」
うん。
「これ、何に使うのかな?エイルちゃんもあった?」
テラが細長い布をぶらーんとぶら下げる。
服は私と一緒だ。だけれど、謎の細長い布は違った。白だ。そして回復って書いてある。
「うん。私のはこれ。収納って書いてある。テラのには回復って書いてあるから、カーツ君は光って書いてある布が入ってるかもね?」
という私の言葉にテラが目を見開いた。
「エイルちゃんは、文字が読めるの?」
あ。そうか。文字の読み書きは誰もができるわけじゃないんだっけ。だとすると、この布に文字書いてる意味って何?目印にするためじゃないのかな?
「なぁー、これ、何に使うんだ?」
湯あみ場のドアが開いてカーツ君が顔と腕を出した。腕の先には石鹸が握られている。
「石鹸だよ。一緒に置いてあったスポンジにこすりつけて泡立ててから」
質問に答えてるテラの手をカーツ君が掴んだ。
「ちょっと実際に使い方教えてくれよ」
グイッと引っ張られて湯あみ場にテラは体半分入った。
「やっ、やめろっ!わたs……僕は」
カーツ君、テラの性別知らないから仕方がないとはいえ……。なんてことを。
「せっかくテラが綺麗になったのに、また汚れちゃうよ。カーツ君、簡単だから大丈夫だよ」
カーツ君は石鹸もスポンジも見たことがない。
テラは石鹸やスポンジは知ってるけど文字は知らない。
魔欠落者だからってひとくくりで考えてはいけない。きっと五体六法満足な人たちにもいろいろいる。
神殿の教えを信じる人もいれば、人さらいのリーダーのように信じていない……いいえ、それどころか神殿を金儲けの悪徳商人だという人もいる。
カーツ君もすっかり身ぎれいになって湯あみ場を出てきたのはずいぶん時間がたってからのこと。
「面白いな、石鹸ってやつ。泡がいっぱい、こうさ、」
ふふ。遊んでたのか。うん。面白いよね。石鹸の泡。
「ねぇ、カーツ君のところにもこういうの入ってた?」
橙の細長い布を見せる。
「あー、あったぜ。これ、頭にでもまくのかな?」
黄色い細長い布をカーツ君がズボンの後ろについているポケットから取り出した。
「光……だね」
書かれた文字を読む。
「え?光?これ、そう書いてあるのか?っていうか、エイル、お前何者だ?陛下たちと村で知り合ったって話は聞いたけど、それから文字とか覚えたわけじゃないよな?」
何者?
私は何者だろう。
言ってはいけない父親の家名はある。言ってはいけないということは、言うと父親が誰かバレるということだ。
ということは、ある程度知れ渡っている家名ということ?母様と私は隔離されていたとはいえ生活に困ることはなかった。……それなりに裕福な家だったのだろう。
「文字は、死んだ母様に教えてもらった。だけど、母様は自分のことは教えてくれなかった」
そうだ。母様は自分のことはあまり話さなかった。時々懐かしそうに昔のことを話すことはあっただけだ。
母様にもらったペンダント。青い石のペンダントは、おばあ様にもらったものだと言っていた。
「そうか……死んじまったのか……」
カーツ君はそれ以上尋ねるようなことはしなかった。
「なぁ、オイラたちどうなると思う?この服さ新品だろう?」
カーツ君が私とテラと同じシャツとズボンを指さした。
「ってことはさ、前に売られてきた魔欠落者は生きてて、お古の服がないってことじゃないかな?兄貴たちも無事ってことだよな?」
「だけど、僕たちの着てた服を処分すると言っていたし、単にお古というものが嫌いなだけという可能性もあるよ?」
二人が、今与えられた情報だけでいろいろと考えを巡らしている。
「死ぬまで働けっていってたじゃん。だからきっと生きて働かされてるんだよ」
「確かにそうですね。この恰好で働かされるってことは、畑仕事か何か、体を動かす仕事でしょうね」
「私、女子だからか、これもありました」
「エプロン?じゃぁ、この屋敷の下働きかな?」
いろいろと3人で話をしては見たけれど、まったく分からなかった。細長い布の意味も。
しばらくしてあの男が部屋に食事を運んできた。
「あ、水って書いてある」
さっきは気が付かなかったけれど、男は腰に青い布が巻かれていてその布には水と書かれていた。
「お前、これが、文字が読めるのか?」
男が私の顔を見た。
はっと口を抑える。
男はテーブルに食事の盆を置くと、部屋に備え付けられた鏡台の引き出しから紙とインク壺とペンを取り出した。
「お前の名前は?」
「エイル」
男がペンを持ち、たどたどしい手つきでエイルと書いた。
「二人の名は?」
「カーツだ。そっちはテラ」
男が再びペンを持ち、カーツと書いた。次にテ、リ。
「あっ」
思わず声が出る。
「そうか。文字が分かるか」
しまった!
「なぁ、これなんだ?」
カーツ君が話題をそらそうとしてか、黄色の細長い布を持って男に質問した。
「私のように腰に巻いてもいいし、スカーフのように首にまいてもいい。手首だろうが腕だろうが頭だろうがどこでもいい。他の人が見て分かるようにどこかに身に着けてろ」
そこまで言って、男はちらりと私を見た。




