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91 妾~わらわ~

「あのさ、さっきの返品を受け付けてるって話なんだけど」

「あ?大丈夫だろう。返品されるようなことはないさ」

 カーツくんの答えにテラがより一層声を潜めた。

「そうじゃなくて、もし、ここで暴れて言うことを聞かないだとか、手に負えないような行動をとれば返品されると思わないか?家の中の調度品を片っ端から壊すとか、水魔法で水浸しにするとか……」

 あ、そういわれればそうかもしれない。

 役に立たないだけじゃなくて、扱いにくい人間だったとしても返品したいと思うはずだ。

「逃げたければ返品と言う形で逃げられるってことをあの男は言っていたんじゃないのか?」

「は?まさか、オイラたちにちゃんと働けと釘をさしただけだろう?今まで一人も返品されてないって言ってたし」

「あー、そうなのかな?」

 もしかして……。二人の会話に割って入る。

「今まで誰も逃げ出さなかったって。この中でも、食べ物は食べられるし、殴られるようなこともないってそういいたかったとか?だから……安心しろとか?」

 リーダーは神殿の教えを信じていなかった。だからか、魔欠落者を馬鹿にしたリ悪く言うこともなくて……。

 本気かどうかわからないけれど、本当に私たち魔欠落者の子供を救う気持ちが少しはあったとか。

「安心ねぇ。どう考えたって、中の様子知らないだろ?外からはまるっきり見えない。見えるのはこの建物の壁だけだろ?逃げようにも逃げられないような扱いをオイラたち受けるかもしれないじゃん」

 カーツくんのいう通りだ。


 男は座ったままリーダーとの交渉を終えると、がしゃりと扉に閂をかけて南京錠を取り付けた。

 そのあと、ベルを大きく打ち鳴らす。

 エヴァンスの屋敷ほど大きな建物。ベルの音がどこまで届くものかと思っていたら、すぐ上にある2階の窓からするすると縄梯子が降りてきた。

「ほら、行け」

 梯子を上るんだ……。1階に出入り口がない?

 どれだけ逃がさないようにと工夫されているかと思うと背中が寒くなる。私たちの前に売られた子供たちは大丈夫なのだろうか。

「あの老人も魔欠落者かな」

 カーツ君が梯子を上りながら話しかけてきた。

「ああ、そういえば風魔法使ってなかったね」

 確かに。

 私が恐怖ですくんでいる間に、カーツくんとテラはいろいろ見て考えている。そうだ。落ち着こう。

 まだ何もわからない。分からないことに怯えて考えることを放棄しちゃだめだ。


「ようこそ、妾の城へ」

 通された部屋は思いのほか広く豪奢だった。とても、悪魔付きと呼ばれる人間を招きいれるような場所としてふさわしいと思えない。

 舞踏会が開けそうなほど広い部屋の奥に3段高い台がある。

 そこにひじ掛けのある背もたれの高い椅子に黒い女性が腰かけていた。

 真っ黒なドレスに顔を覆う真っ黒なベール。

 唯一見える手から、それほど年かさではないことだけが判断できた。

「哀れな魔欠落者の子供たちよ、お前たちはこれから妾のために一生働くのじゃ」

 女の声は高く、感情の色が見えにくい。表情が隠されているから余計にそう思おうのか。

 哀れといいつつ、馬鹿にした響きもなければ同情した響きもない。

「お前たちには一切の自由はない。逃げることもかなわぬ。死ぬまで、ただ妾のために生きるのじゃ。恋愛もできぬまま、結婚も望めぬまま、ただ生きて働いて死ぬだけじゃ。あはははははははっ。哀れじゃ。哀れじゃのぉ」

 盛大に笑い出した。

 だけどやはり、その笑い声には感情が見えなかった。違う。楽しくて笑っているようには聞こえなくて、悲しんでいるように聞こえた。

「優しい妾は、今日だけは仕事を免除してやろう。明日から皆と同じように働いてもらうぞ。新入りだからと言って、子供だからといって容赦はせぬ。連れていけ」

「はい。ジョセフィーヌ様」

 ジョセフィーヌというのかこの女性の名前らしい。貴族?

 部屋に控えていた男に命じると、台の奥の扉からジョセフィーヌ様は出て行った。

「まずは、汚れを落として着替えろ、こっちだ」

 通された部屋はこぎれいだった。

 ベッドが4つ並んでも十分の広さがある。クローゼットに鏡台に窓辺には花瓶があり花まで飾られている。

「下手な宿より立派だね」

 テラが驚いている。

「すげー、ベッドやわらけぇぞ!」

 はしゃぐカーツ君の様子を見て、案内してきた男がくっと小さく笑いを漏らした。

 それから厳しい口調で、汚れるから早く汚れを落として着替えろと言われる。

 部屋には続きで小さな湯あみ場があった。大きなタライが一つと少し小さめのタライが2つ置かれている。

「これを使え、着替えはこの中だ。脱いだ服は処分する。そこに放り込んでおけ」

 清潔そうな体吹きの布と籠がそれぞれに渡される。

「適温でタライを満たせ【水】熱湯【水】【水】」

 男は最後に湯あみ場のタライに水を満たして部屋を出て行った。

「なんだ?今の呪文の唱え方?」

 あ!

 私は知ってる。……今の人、もしかして魔欠落者?

「うわー、これ、お湯だ!」

 カーツ君が湯気の上がるタライに顔を近づけてびっくりした顔をしてる。

「冷めないうちにせっかくだから入ろうか?レディーファーストでエイルちゃん先にどうぞ。次は僕で、最後にカーツな」

 テラの提案に、カーツ君が抗議の声を上げた。

「なんで、オイラが最後?テラ、じゃんけんだ!」

 いや、テラも本当は女の子なんだよって、言うわけにもいかない。

「あの、カーツ君が一番その、汚れてるから、なるべく汚れないように使うとやっぱりそういう順番がいいと思うよ?」

 テラはスラムで生活していたけれど、体も服もそこそこ綺麗だ。洗濯したり体を拭いたりしていたのかもしれない。

 一方カーツ君は泥まみれとまでは言わないけれど、かなり汚れた服に、首や腕にころどころ垢が浮いている。

「あー、うん、そうだな。エイルのいう通りか。仕方ない、オイラは最後でいいよ!」

 湯あみ場には体をこするためのスポンジやせっけんまでも用意されていた。

 随分待遇がいい。

 用意されていた着替えは、柔らかな生地でできた下着。丈夫そうな厚手の布でできた薄茶色のシャツと、動きやすそうな濃い茶色の長ズボン。それから、ふわふわとフリルが付いたかわいい真っ白なエプロンだった。

 それから、最後にもう一つ。


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