90 連絡
って言おうとして言葉を飲み込む。
ハーグ君やテラも同じようにぎゅっと口を強く引き結んでいる。
大人しく言うことを聞いて、前にさらわれた子供たちと合流するって決めたんだ。ここで逆らうわけにはいかない。
食べ終わったらすぐに寝るように言われた。明日、日の出とともに移動を開始するために。
なかなか寝付けないでいた。見張りで一人起きている男は、少し離れた周りがよく見渡せる場所に座っている。
ハーグ君とテラと残りの男たちが寝息を立てているのを確認して、ブルーの毛に触れる。
「ブルー、起きてる?」
『主、起きてるぞ。ずっとあいつらがお前の心配をしてうるさくてな』
あいつら?
ブルーの毛を持っているのは、ルークとレイナさんだ。二人のことかな。
「ごめんね。えっと、そのうるさい人に伝えてほしいんだ」
『うむ、今ならあやつらとも繋がっている。主の言葉をそのまま伝えよう』
すぐにブルーが返事を伝えてくれた。
『エイル?大丈夫なの?うるさい人ってどういうこと?――とちびが言ってるぞ』
え?ブルーったら、本当にそのまま伝えてくれたんだ。うるさい人ってところまで……。
「私は大丈夫。テラという回復魔法が得意な子と一緒だから病気や怪我をしても平気だし、危険があればブルーが助けてくれるからね」
『テラ?……僕はもう必要ないってこと?』
「違う、そうじゃないよ。ルークは私にとって大切な家族だもの。必要あるとかないとかじゃないよ。テラは、レイナさんの回復魔法の得意な人を派遣するっていう計画に協力してくれるんだって。他にも協力してくれる人を連れて帰れるように今がんばってるところ」
『エイルちゃん、どういうこと?さらわれたって聞いたけど、大丈夫なの?私のために無理しないで!どこにいるの?すぐに助けに行くから!あ、私が行きたいけど……俺が行く!レイナ、俺がエイルを助けてくるから安心しろ。馬鹿じゃないのファーズ、ファーズは宰相の仕事があるし、レイナさん一人城に残す方が危険だって分かってるだろ』
うーん。ブルーがすべて伝えてくれるのはいいけれど、ルークとレイナさん、それにファーズの言葉までが混じっている。ファーズは毛を持っていなかったはずだから、レイナさんと手でもつないでいるのだろうか?
……うん、想像できないな。っていうかルークがファーズさんに馬鹿とか言っていたような。だんだん言いたい放題だね。
「ファーズさん、兵の選抜試験で矢を放った白い髪の男の人を覚えている?」
『ああ。ぜひ兵に欲しかったが、残念だった。アネクモ狩りをすると言っていたな』
「ロンダースさんって言うの。その人が、私がどこにいるのか伝えに城に行くはずだから。もし、助けが必要になったらそこにアマテさんと何人か派遣してください。たぶん、助けが必要になることはないと思うの。ブルーの他にも火魔法の得意なハーグ君もいるし」
3人の声……ブルーの声だけど、話口調をブルーが忠実に再現してくれるから、まるで3人と本当に話をしているようだ。たった1日離れているだけなのに、懐かしい。
『なんだ、火魔法が得意なって、俺は必要ないってことか。ぷっ、ファーズもルークと同じこと言ってる。真似するなよファーズ。ま、真似じゃねぇ』
誰が誰の言葉なのか、分かるけど、混乱するよ。
「私は私でがんばるから、皆もすべきことをしてください。心配かけてごめん……心配してくれてありがとう。本当に大丈夫だから。えっと、また明日の夜これくらいの時間に連絡します。何かあれば、ブルーに乗って人っ跳びで帰るから本当に大丈夫」
『と、主は言っている。――分かったか、主のことは我に任せておけ。火魔法使いや回復魔法使いの代わりはいても、我の代わりはどこにもいないからな』
ブルーがクックと笑った。
『エイルちゃん、無理しないでね。二人はちょっとむくれてるけど、ブルーのことを信用してるから黙ってる。じゃぁ、また明日!――つながりはここでおしまいだ、主』
むくれてる?
なんで?
確かに火魔法や回復魔法使える人なんて代わりはいくらでもいるよ。でも、ルークの代わりもファーズさんの代わりもどこにもいないのに。回復魔法が使えなくたってルークは大切な家族。ファーズさんもそう。魔法が使える使えないなんて関係ないのになぁ。
「ありがとうブルー。また明日お願いね」
『了解した。我はもう寝る』
「うん、おやすみブルー」
あれほど寝付けないと思っていたけれど、話を終えると眠気が襲ってきた。
次の日、日が暮れる寸前、木々の切れ目から前方に高い塀が見えた。
「お前たちが行くところはあそこだ。俺たちは中に入れねぇ。今晩はあそこに泊まる」
リーダーがわざわざ自分が泊まるという場所を指さした。塀にくっつくようにして建てられた、小さな石造りの家。
キラリと時々何かが光って見える。アネクモの糸で囲まれているのかな。モンスター対策のしてある小屋だ。
なぜ、わざわざ塀の外に作ったのだろうか?
「いいか、お前ら。明日の朝までは返品を受け付けている。お前たちが使えないとなれば、俺はお前たちを引き取り金を返さなければならない。お前らが役に立たなければ、次に買いたたかれる。いいか、分かったな」
テラが頷く。
「ああ、役立たずになるなってことだろう」
テラの言葉にリーダーがふっと笑う。
「そういうこった。今まで返品されたことも買い叩かれたことも一度もない」
そういうこと?どういうこと?例えどんな人間でも役に立つということ?ぞわりと背中が寒くなる。
何に私たちは使われるのだろう。
石造りの小屋のすぐ隣に、大人の腰くらいまでの高さの小さな扉が一つついていた。小さな子供ならそのまま通れるだろうけれど、私たちですら頭を下げないと通れない。
……逃げ出そうと思っても、腰をかがめないと通れないとスピードが落ちる。逃げ出さないようにしているのだろうか。
リーダーがドアをノックすると、扉が内側に開いた。
「ほら、入れ」
背中を押され、中に通される。目の前にはまた壁だ。どうやら塀の中にすぐに建物が立っているようだ。
「今回は3人。汚いガキが光、そっちのガキが回復、女が収納だ」
扉の内側にいたのは、枯れ木のように肌から水分の失われたかなり高齢の男性だった。
椅子に座って小さな声で私たちにそこにいなさいと言ってから、リーダーと値段の交渉をしている。
「なぁ、汚いガキってオイラのことだよな?テラとそうかわんねぇだろ?」
カーツ君がぼそりとつぶやいた。
うーん。服装は確かに二人とも薄汚れてるんだけど、カーツ君と違ってテラは髪の毛は整えられてるからなぁ……その違いかな?と思ったけど口にしない。テラは話題をそらした。




