幸せを求めても許される?
『怖くて呪文も唱えられないのか。仕方がない。少し離れるから収納するがよい』
そう言って、くるりと背中を向けてモンスターは距離をとった。
聞き間違い?
収納呪文を言わせるために、距離をとったの?
罠?
「襲ってこないみたい」
ルークが震える私の手を握った。
『早くしろ』
どうぅっと、距離をとったというのに空気が揺れるような声が届く。
「【し……収納】」
呪文を唱えると、モンスターは目の前から消えた。
あれ?罠でもなんでもなくて、普通に収納されちゃった。
なんで収納しろとか言ったんだろう?
「狼のモンスター、僕たちを襲わないの、なぜ?」
ルークも同じ疑問を持ったようだ。答えは考えても分からない。
「おーい、大丈夫か?」
馬が駆ける姿が見える前に、風魔法で声が飛んできた。
馬に乗った男が3人やってきた。一人はラァラさんの旦那のジョンさんで、あとの二人は警邏の制服を着ている。
「よかった、無事だったか……」
ジョンさんは、ラァラさんが生きていることと、私達二人が無事なことを確かめてほっと息を吐いた。
「怖かっただろう。こんな目に合わせて悪かったね」
ジョンさんが、先ほどまでと違う優しい表情を見せた。
「妻のラァラは、君たちくらいの子供を見ると、娘を思い出して辛いみたいだから。なるべく関わらせたく無かったんだ。馬車で話をしていたろう。死んだ娘は帰ってこない。だから、どうせ娘は一人では生きていけなかったとそう思うしかない。炎天下に置き去りにしたのだって……他の子たちも一緒だったんだ。ピクニックの延長みたいなものだったんだよ。それなのに、娘だけが……。ラァラは自分が殺したと心を痛めている。」
え?
「あの、魔欠落者の娘さんが亡くなって、清々したんじゃ……」
私の言葉に、旦那さんはカッと怒りをあらわにした。
「世間じゃ、魔欠落者なんていない方がいいなんて言われるが、俺には大切な娘だった。清々するはずないじゃないか!」
そっか。大切だったんだ……。
自分のことじゃないけど、でも、うれしくて涙がこぼれた。
「ううん……あれ、あんた……。ああ、何を泣かしてるんだいっ!大丈夫かい?うちのダンナが何をしたんだい?」
ラァラさんの意識が戻り、泣いている私を見て、すぐに旦那さんに突っかかった。あわわ、誤解なんですっ!
誤解が解けたら、馬に分乗して移動。
街へは半刻ほどで到着した。
「朝が早かったから、お腹が空いただろう?少し早いがお昼にしよう。ごちそうするよ」
ラァラさんがそう言って、私とルークの手を引いて食堂に連れて行ってくれた。
「あの、でも、私達パンがあるので……」
「ばぁか。子供は遠慮するもんじゃない。おごってやる。好きなものを頼め」
ジョンさんの手が、ぽんっと頭に乗せられた。
「ここの女将さんが出す水は柔らかいからな、料理も特別うまいぞ」
「柔らかい水が出せる、すごい。貴族の屋敷にも勤められるくらい、貴重」
ルークがジョンさんの話に食いついた。
「それがな、ここだけの話、女将さんは軽度魔欠落者で風魔法が使えないらしい」
「それなら、貴族の屋敷で働くのは難しい……。あそこは、魔欠落者差別がとりわけひどい……」
私が思ったそのままを、ルークが口にした。
それを聞いたラァラさんは楽しそうに笑い出した。
「ふふっ。まるで見てきたみたいな言い方をするんだね。誰かにそう教えてもらったのかい?」
ああ、そうだ。ルークは本当は9歳だけど、5歳のふりしてるんだもん。5歳の子供の言葉としては大人びすぎてる。
「そっ、そう。だから、決して貴族には近づいちゃだめだよって、教えてもらったんよね、ルーシェ!」
私が急いで言葉を付け足すと、ジョン線が声を潜めた。
「あと、国に仕える人間と、神殿関係者と、金儲けに熱心な商人にも近づかないようにな」
国に仕える権力者たちは、何らかの魔法の力に長けた者が多い。力の優劣で立場が変わるため、魔欠落者は人間とすら認めない者もいる。
神殿では、悪魔に魅入られた人間が魔欠落者として生まれると教えている。そのため、魔欠落者は悪魔の子扱いだ。
金儲けに熱心な商人は、魔欠落者は貧乏神がとりついていると信じている。店先に魔欠落者が現れただけで、追い払う店主も多い。
……そう考えると、魔欠落者を雇っているグリットさんはとても特殊だ。
「おー、ジョンじゃないか、来てたのか!ん?この子たちなんだ?」
「親が亡くなって、親戚を頼るために旅してるんだと。ここまで乗せてきたんだよ」
ジョンさんの知り合いらしい20代後半くらいのがっしりした体躯の男が、私の隣の空いている席に腰かけた。
「へぇ。そうだ、ジョンは南から来たんだろう?グリット商会の噂は聞いたか?」
え?グリットさん?
「噂?なんだ、また商売の手を広げる話か?」
「いや、そうじゃねぇ。なんでもすごい収納魔法の使い手を雇ったって噂だ。これでもかと荷台に積み込まれた荷物を、荷台ごと収納できるらしい」
あ、それ、私の話だ……。
「はぁ?それは流石に、話を盛ってるだろう。いくら大きな収納だっていっても、せいぜい大樽1つがやっとだって聞くぜ?もし、その話が本当ならグリット商会には今頃いないだろう?」
ぎくっ。
なんで、いないのが分かるの?まさか、私ってばれてる?
「ああ、確かにそうか。国がほっとかないな。それだけの収納があれば、戦争に引っ張りだこだ。何人もの兵糧を一人で運べるんだ」
戦争?
まさか、私の収納が戦争に役立つの?
状態維持も時間停止もできないできそこない魔法なのに……。食べ物を運んだって腐っちゃうのに……。
ああでも待って……。もし兵隊を収納できると知られたら?
敵に気がつかれずに、何人もの兵を敵地に送り込むことができるって知られたら?
……いやだ。戦争になんて行きたくない。
この能力は、人に知られてはだめだ。
人前では少し大きな収納程度にとどめておかなければ。生きているものを収納できるのも秘密ひしなくちゃ。
普通は財布程度。少し大きくてポシェット。もう少し大きくて背負い籠。大人がすっぽり入れるほどの大樽サイズとなればかなりまれだ。
「ほぉら、来たよ。お食べ」
ラァラさんの声に、はっと意識を戻す。目の前にいつの間にかシチューの皿が置かれている。
「おいしい!うま味が溶けだしてる。シチュー全体に野菜のおいしさが詰まってる」
ルークが顔を輝かせた。
「そう言えば、ファーズはこれから北に帰るんだろ?この子たちのっけてってくれねぇか?」
ジョンさんの言葉に、ファーズさんがパンをかじりながらうなずいた。
「ああ、帰りは荷物も少ないから構わないよ。よぉ、お前たち名前はなんていうんだ?」
にっこりとファーズさんが笑った。
「エイルです。妹はルー……シェ……」
ルークは男名だ。偽名を使う。
「おじちゃんが乗せてってくれるの?ありがとう」
ルークが天使の微笑みをファーズさんに向けた。かわいいっ。
「お、おじちゃん。お兄さんって言ってくれよぉ」
「あはは、そうだ。ファーズはこう見えてまだ22歳で嫁もいないからな。おじちゃんはかわいそうだな」
ジョンの言葉に、ラァラさんも笑ってる。ルークもごめんなさいって言いながら笑った。ファーズさんも笑ってる。
私も、皆の楽しそうな笑顔に、顔がほころぶ。
食事を終え、ファーズさんの荷馬車前。
「ありがとうございました」
お礼を言うとラァラさんが、頭を撫でてくれた。ファーズさんに聞こえないようにラァラさんが言葉を発した。
「魔欠落者だったからって、気持ちは変わっていないよ」
え?
「もし、親戚が酷く扱ったら、うちの子になりな」
嬉しい。でも、ごめんなさい。この街にはとどまれない。
「あのね、ラァラさん、私ずっと考えてたの。娘さんね、こう思ってると思うよ。愛してくれてありがとう。大好き。笑ってねって。私も、母様のことが大好きで、笑ってくれると嬉しかったの」
「ふっ、ふふふっ。そうか。そうだね。二人のお母さんもこう思ってるはずさ。愛してるよ。幸せにおなりってね」
ぎゅぅー。
いっぱい抱きしめてもらって、別れた。
千切れんばかりに手を振って、別れた。
母様……。
私、きっと幸せになるから。……私が笑えば、母様も幸せ?