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捨ててくれてよかった

「【回復】、もうやめるんだ」

 ハーグの腕をテラが掴んで止めた。

 どうして突然ハーグはこんなにも怒り出したの?

「オイラはいらない子なのか……。魔欠落者だから……。親にも捨てられるような、生きていても仕方がないような……」

 ずっと抱えていた気持ちが今の会話をきっかけで爆発したようだ。

「ハーグ、いらない子なんてないって僕は思うんだ……」

 テラがハーグの手に残った血をポケットから出した小さな布片でふき取った。

「スラムに住む人間がどうして生きていられるかって思わない?」

「は?仕事をしているんだろう?テラは回復魔法を使って、エイルは収納魔法を使って」

 テラが首を横に振った。

「寝たきりの老人もいるよ。まだ働けないような小さな子もいる。みんな生きてるよ」

 ハーグが目を見張る。

「は?どうやって食ってるんだ?」

「夜、人目につかないように時々人がやってくるんだよ。食べ物やお金を持って」

 それって、善意の人?

「馬鹿な、わざわざ魔欠落者の住むスラムに食べ物や金を持ってくるなんてそんな奴いるわけないだろう!どうせ食べ物には毒でも入ってるんだろ?じゃなきゃ、人さらいの罠だ!」

 テラは首を横に振る。

「ごめんね、ごめんねって泣きながらそっと食べ物やお金を置いていくんだ。骨ばってろくに食べてないような手で、パンを置いていく」

 ハーグが感情を抑えきれずに立ち上がった。

「なっ、何だよ、謝るくらいなら捨てなきゃいいだろう!謝ったって、許されるようなことじゃない、そうだろ?」

 ふっとテラが笑った。

「そうか。ハーグは捨てられたくなかったんだ。僕は、捨てなきゃいいなんて思わないよ。だって、魔欠落者の子供と暮らしているというだけで仕事を失ったり白い目で見られたり……あの、骨ばった手の持ち主がもっと辛い思いをするのは……」

 テラの両目から大きな涙がこぼれ落ちた。

「テラ、まさか、その人はテラの……?」

「僕がいない方が幸せになれるなら、僕はそれでいいんだ。捨ててくれてよかった。細い手の持ち主が罵倒されたり殴られたりしないなら、僕は……」

 テラは大粒の涙を流し続けている。

 母様の姿を思い出す。

 父親に殴られ続けていた母様。母様も私を捨ててくれたらよかったのに。そうすれば……。

 そうすれば……。

 私さえいなかったら、母様は……、魔欠落者の私さえいなければ……。

 ううん、違う、違う。

 違うっ!

 私は母様と一緒で幸せだったし、母様だって私と一緒にいて幸せだったんだ。ラァラさんが言っていたもの。

 悪いのは、殴る父親。

 悪いのは魔欠落者だからと罵倒したり殴ったりする人たち。

 魔欠落者も魔欠落者の家族も魔欠落者と交流を持つ人たちも悪くない。

 ううん、もしかしたら罵倒するのも殴る人も、そうしないと自分が今度は世間から弾かれてしまうと怯えているのかもしれない。

 もちろん、だからって殴るのはだめだけど……。

 だけど、この国は私の住んでいたところよりもひどい。

 売られた店の女将さんが「魔欠落者なんて雇いやがって」なんて言われていたことなんてなかった。

 でも、この国では「魔欠落者が働いている店」というだけで店が立ち行かなくなるのかもしれない。

 魔欠落者に治療してもらうことを死よりも恐れる人がいるくらいだ……。

 ……悪いのは世の中だ。世の中を変えなければ苦しむ人がいる。

 それは魔欠落者だけじゃない。魔欠落者に手を差し伸べる人も。そして、差し伸べたいと思っているのに差し伸べられない人も。……もしかすると、魔欠落者を罵倒する人も……。

 みんな苦しんでいるのかもしれない。

  世の中だ。

 世の中が悪い。

 魔欠落者を差別しなければならない風潮……。

 そりゃ、他の人が当たり前にできることができなから、時には足手まといになるかもしれない。

 人に頼ることが多くなるかもしれない。

 だけど、だけど!

 役立たずなんかじゃないし、それに……誰だって老いれば人に頼らなければならないことは出てくるのに。

 人に頼ることが駄目だっていうなら、老いる前に、人の手をかりなければならなくなる前に死ねということだ。

 そんな世の中……。

 子を捨て、親を捨てる世の中……。

 捨てられることを怯えて老いることが幸せなの?

 手を、足を、声を、何か一つを失っただけですべてを失う世の中が幸せなの?

 誰が、幸せなの?

「私、幸せだよ……」

 テラの顔を見る。

「魔獣の森の村で、私は幸せを見つけたよ。きっと、レイナさんも、魔獣の森の村で生活すれば幸せなんだよ……。だけど、レイナさんは王族に生まれたから、だから国のために村を出た。私は、レイナさんに協力する」

 テラがグイッと涙をぬぐった。

「僕も。僕は不幸なんかじゃない。だけど、母に……誰かに不幸になってほしくないから、協力するよ」

 テラが手を差し出した。そこに手を重ねる。

 ぐっと強く握手をする。

「オイラは……」

 ハーグ君が小さく首を横に振った。

「うん、分かってる。無理に協力してほしいなんて思ってないよ、でも」

 ハーグ君が私の顔をまっすぐと見た。

「もう、無理だなんて言わないし、やめろとも言わない。絶対、10年でも20年でも何年かかるか知らないけど、国は変わるってそう信じるよっ!」

「ありがとう」

 ハーグ君に手を差し出す。

 ハーグ君とも握手。


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