高位モンスター
「おい、荷物をよこせ」
いつの間にか、道の前に3人の覆面をした男の姿がある。手には剣を持っている。
盗賊だ。
「にっ、荷物なんて何にもありませんよ、これから隣の町へ仕入れに行くところなんですから」
ひきつった声でジョンさんが答える。
「乗っているだろう、その樽。中身は酒だろう?」
盗賊の一人が荷台の上に乗り込んで樽の蓋を開けた。
ツゥーンとした臭いが漂う。
「ちっ、酒じゃないのかよ、酢か。くそっ!とんだ無駄骨だぜっ!」
悪態をついた男が、ふと私たちの方に目を向けた。
「子供とばばぁか。若い娘ならよかったんだが。……いや、子供でもお前らくらい可愛い顔してりゃ、ひょっとして……」
男の手が伸びて、私の腕をつかんだ。それからルークを脇に抱え、荷台を下りる。
「荷物のかわりに子供たちはもらってくぜ」
盗賊の言葉に、ラァラさんが荷台を降りて男にしがみついた。
「ダメだ。子供は助けておくれ。そうだ、私が、私が人質になるよ。ダンナが荷物を積んでここを通るから、帰り道に荷物を渡すから、子供は……」
盗賊が思案しているすきに、ラァラさんに近づいた。
「ラァラさん、ありがとう。でも逃げてください……騙すつもりはなかったんだけど、私も妹も魔欠落者です」
小さな声で伝えると、ラァラさんは大きく目を見開いた。
そう。魔欠落者なんて助けたって仕方がない。かばう価値なんてないんだから。
私たちなんて、死んだってかまわない存在。
「ふっ。いいだろう、お前は人質だ」
盗賊がラァラさんの腕に手を伸ばした。
「やめとけ。帰りに警邏連中連れてくるかもしれねぇぞ」
仲間の言葉に、盗賊はラァラさんを乱暴に荷台に乗せた。
「騙されるところだったぜ、ほら、さっさと行けっ!」
別の男が、馬の腹を蹴ると、驚いた馬が走り出した。荷台に乗ったラァラさんの姿が遠ざかる。
さようなら。
「やだよ、いやだっ!」
叫び声が聞こえた。
走っている荷台から、ラァラさんが飛び降り、2回転する。
「何?」
体のあちこちを痛めたのか、腕を抑えるようにしてこちらに走ってきた。
「何だ、何のつもりだ!」
盗賊がラァラさんの前に立ちはだかるけれど、ラァラさんは腕で押しのけ私達二人の目の前まで来た。
そして、腕を広げて、私とルークを力強く抱きしめた。
「いやだ、いやだ。子供を失いたくない。魔欠落者だって、娘は……私には大切な娘だったんだ。守ってあげればよかった。なんで、私は世間の目をあれほどまで気にしてしまったのか……。愛してたんだ。大切だったんだ。魔欠落者だろうがなんだろうが、私にはかけがえのない娘だったんだ……。あんなことで魔欠落者は死んでしまうなんて思ってなかった。水が飲めないだけで、人が死んじまうなんて……」
「ラァラさん……」
死なせるつもりはなかった?
「許しておくれ、許しておくれ……守ってあげられなかった母を……恨んでいるだろう、ごめんね、ごめん……」
頬を涙が伝った。
ラァラさんは、娘さんを愛していた?
「生きていてくれればよかった。生きていてほしかった……娘の笑顔を見られれば、私は幸せだった」
ラァラさんの言葉に胸が熱くなる。
そうなの?
母様も、私に生きていてほしいって思っているの?
笑って過ごしていたら、母様も嬉しいの?
「うるせー、どけっての!」
男が、ラァラさんの背中を蹴った。
父親の姿が重なる。
やめて、やめて、死んじゃうっ。
蹴られるたびに、痛みと衝撃をこらえるためにラァラさんの腕に力が入る。
「娘の分も幸せになっておくれ」
何度か盗賊の蹴りを受けたラァラさんの腕から力が抜けていく。
「いやぁーーーーっ!」
母様、母様、母様っ。
ラァラさんの姿が母様と重なる。
死なないで。
「うるさいっ」
腕を振り上げた盗賊。
私は魔欠落者。火魔法で男の腕にやけどを負わせることも、光魔法で目をくらませることも、目の前で倒れているラァラさんを回復することも……何もできない。
できるのは出来損ないの収納魔法を使うことだけ。
「【取出】」
3人の盗賊たちの真ん中に、狼を取り出した。
青い、大きな狼。
馬のように大きな狼。
「うっ、うわぁ、狼だっ!」
盗賊たちが逃げて行った後、狼を収納すれば、助かるはず。
反対に、盗賊たちが逃げる前に私たちが襲われる可能性もある。
一か八かの作戦だ。指先から、足の先までガタガタと震える。
隣にいるルークも震えている。
『下郎な人間ども、我を狼と一緒にするか』
腹の底が震えるような声が響いた。
え?でも、今の声って……。
狼が……。
「ひゃー、しゃべった。狼じゃないっ」
「高位モンスターだ!逃げろーっ!」
え?
高位モンスター?狼じゃないの?
きょとんとしている間に、盗賊は逃げて行った。
助かった。ううん、違う。狼を収納しなくちゃ。
「【しゅ……う……】」
だめだ。
目の前の高位モンスターの発する気が凄まじく、震えが止まらない。歯がかみ合わなくて、たった一言の呪文がうまく言えない。
モンスターの顔がこちらを向いた。見降ろされている。
どうしよう、逃げることもできない……。早く呪文を言わなくちゃ。
『収納しないのか?』
狼の声が再び響く。
私が収納しようとするのがバレてる?もう、二度と同じように収納されたりはしないぞっていう脅しなの?
どうしよう……。
震えが一層激しくなる。
狼の姿をした高位モンスターの首が下がる。私の胴よりも大きな顔が目の前に突き出された。
ひっ。