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テラの仕事

「こんな格好してるのは、身を守るため。女の方が危険が大きいからね……」

 テラさんが少し下を見て、それからすぐに顔を上げるとうっすらと笑った。

「魔欠落者は特にね」

 自嘲気味の笑み。

「私……娼館に売られそうになりました。魔欠落者の娼婦は人気があるからって……」

 随分昔のことのような気がする。

 テラさんが息を飲む。そして、すぐに両手が伸びて私の体を包んだ。

「よかった」

 よかった?

「逃げてこられたんだね。よかった。もう大丈夫だからおいで」

 テラさんが私の手を握って歩き出した。

「え?どこへ行くんですか?」

「私たちの家」

 私たち?

 テラさんに手を引かれて連れていかれたのは崩れ落ちた建物が並ぶ場所だった。屋根もあるかどうか分からないような状態で、かろうじて壁で場所が仕切られているといったところか。

 壁と言っても穴だらけだ。それぞれの場所には生活の跡が見える。住んでいるんだ。

「ただいま」

 一番奥まった場所のがれきの山にテラさんが声をかけた。

 すると、がれきの隙間から3人の子供たちがはい出てきた。ルークと同じくらいかな。

「おかえりテラ兄ちゃん」

「兄ちゃん?」

 女っていうことを隠すためだよね?

「うん。そう呼べと言ってあるんだ。本当の兄弟じゃないけどね。家族みたいなものだから」

 テラさんと話をしていると子供たちが不思議そうな顔をして私を見た。

「初めまして、エイルです」

 ペコリと小さく頭を下げたら、子供たちが一斉に口を開いた。

「お姉ちゃんは、何の魔法が使えるの?」

「僕は水魔法が使えるんだ!」

「私は光魔法と風魔法が使えるんだよ」

 子供らしい好奇心全開の明るい声に驚く。

 火魔法が使えない、水魔法が使えない、光魔法が使えない、使えない、使えない、使えない。

 違う。この子たちは……。

 使えない魔法じゃなくて、使える魔法を一番に口にする。

 魔欠落者だから……と、使えない魔法を数えたりしない。

「テラ、仕事が入ったぞ」

 背の高いひょろりとした男が姿を現す。身なりはボロボロで、この人もスラムに住んでいるのだろう。

「分かった。エイルはこの子たちと家に入ってて」

 テラさんは男の後について歩き出した。

「待って、仕事って?私もついていっていい?」

「うん、おいで」

 テラさんがひょいと手を伸ばす。

 その手をつかんで、手をつないで男のあとをついていった。

 突いた場所は、スラムよりはマシだけれど、消して裕福には見えない小さなアパートの一室だ。

「ここで仕事?」

「まぁね」

 扉をノックすると小さく開いた。

「治ったら銅貨3枚。それなりに回復すれば銅貨2枚。少しだけでも効果があれば銅貨1枚。まったく効果がなければお金は取らない。ただし二度と依頼は受けない。どうする?」

 テラさんの言葉を聞いて、扉が開かれた。痩せた年老いた女性が部屋の中へとテラさんを招き入れる。

 私もそれについていったが、女性は気にしないようだ。

 小さなアパートの狭い部屋。奥の部屋のベッドに赤黒い顔色の年老いた男性が寝ていた。

 足には血のにじんだ包帯が巻いてある。

「教会は足の怪我を治すには銀貨五枚が必要だと……とてもそんなお金は無くて、爺さんは治療を断ったんだ。そうしたら……3日前から熱が出てきて、爺さんは今では声を出すこともできなくなってしまった」

 老婆が泣き出した。

 銀貨五枚。庶民であれば無理すれば支払える金額だろう。だけど、貧しい人間に取れば大金だ。一月はゆうに暮らせる金額なのだから。

「大丈夫。これくらいならすぐに治るよ。【回復】」

 テラさんはポンと軽く老婆の肩を叩いて、簡単に呪文を唱えた。

 それから、すぐに男の足に巻かれていた包帯を取り去る。とても怪我をしていたとは思えないつるりとした足が現れた。

 そして赤黒かった顔色は血色の良い色に変わる。

「爺さん」

「あ、ああ婆さん。喉が渇いたな」

 お婆さんはすぐに水魔法でコップに水を満たしておじいさんに手渡した。それからほっとしたように息を吐きだし、ポケットから銅貨3枚をテラさんに差し出した。

「ありがとう、ありがとう」

 銀貨5枚はかかると言われるほどの怪我をあっさりと直してしまったテラさん。やっぱりルークのように回復魔法の力が強いんだ。

 部屋の外に出るとここへ案内してきた男が立っていた。

「ありがとう。また頼むよ」

 テラさんが銅貨の1枚を男に手渡した。男が去った後に、二人で並んでスラムへと歩いていく。

「仕事の仲介料が銅貨1枚。残りが私の取り分。教会に支払うお金がない人や、教会では治らなかった人が客なんだ」

 銅貨1枚なら小さな果物かパンが一つ変えるお金だ。銅貨3枚なら一日食べなければ支払える値段。

 スラムに住むテラさんにとったら、とても大切な銅貨だろう。

「ねぇ、教会の近くでお客さんを待ったらいいんじゃない?銅貨3枚で治しますって言えば、お客さんはいっぱい来ると思うんだけど。そうしたら、仲介料も払わなくていいし……」

 お金をいっぱい稼げたら、スラムから出て暮らすこともできるんじゃないかな?

 私の言葉に、テラが頭を撫でてくれた。

「そうできたらいんだけどね。魔欠落者に治療してもらうのは悪魔に魂を売ることなんだってさ」

 え?

「魔欠落者は悪魔でもなんでもないのにっ」

「うん。でも教会では魔欠落者は悪魔に魅入られた人間。その魔欠落者に治療してもらうのは悪魔に魂を売ることで強く禁止している。もし、魔欠落者に治療してもらったら、たちまち魔欠落者と同じように差別を受ける」

「そんな……」


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