私の名は
知らない人にお前は魔欠落者だろうと言われたら……。
ぐるぐると頭に浮かぶのは、魔欠落者だからと罵倒を浴びせ、石を投げ、殴りつける人の姿。
何も悪いことしてなくたって、存在自体が悪だという人間がいる。自分は正義だ。いいことをしていると、魔欠落者に石を投げる。……。
額に汗が浮かぶ。怖い。そんな人たちばかりじゃないけれど、でもやっぱり……怖い。
私は魔欠落者ですって堂々と言って回るなんてできない。あの子も兵の選抜試験のときに手を上げなかったのは怖かったからじゃないかな。
私と同じ。
だから、魔欠落者ですかと声をかければ警戒させるだけだろう。
どうしよう。私がまず魔欠落者なのと自己紹介してみようか……それも変かな。
ううん、やっぱり変でもなんでもそれが一番いい。
「アマテさん、少し距離を置いてみていてください。少年と話ができそうになったら手招きしますから」
「分かりました」
大通りから路地を曲がり少し人通りの少ない通りに入った。この先にスラム街と呼ばれるところがあるのだろうか?
よし。
思いっきり走り出して、少年の横を通り過ぎ派手に転ぶ。
「いったぁい」
手の平に擦り傷ができた。足首もなんだか痛い。
ちらりとアマテさんを見れば焦った顔をしている。ここで来られたら作戦失敗しちゃうと目で訴えつつ、少年の顔を見る。
驚いて心配そうな顔をしている。
よし。心配そうな顔をしていてくれてるならきっと大丈夫。
「痛い……ああ、足も……」
血のにじむ手の平が少年に見えるように開いて上を向ける。そして座り込んだまま足首をもう一方の手で押さえる。
「痛い……痛いよ……」
少年は見た目が10歳くらい。私やルークと同じように見た目より年上かもしれないし、見た目通りかもしれない。
どちらにしても、8歳前後に見える私……8歳よりは年上だろう。
年下の子供が転んでいたがっている。それを心配そうに見てくれてる。
心配そうに見ながら声をかけずに横を通り過ぎようとしている。あ、あれ?
ここで「大丈夫?」って声をかけるもんじゃないの?……いや、かけないか。薄汚い子供がって何度も言われた経験があるのかもしれない。魔欠落者が着やすく声をかけるんじゃないと怒鳴られたことがあるのかもしれない。優しい心を持っているからこそつらい目にたくさん遭ってしまったのかもしれない。
「あの、お願いです、回復魔法をかけてくれませんか?」
こちらから声をかける。
通り過ぎようとした少年が驚いて振り向いた。
「え?じ、自分で回復魔法を使えばいいだろ?」
少年の言葉に首を横に振る。
「力が弱くても血を留めるくらいはできるだろう?」
もう一度、首を横に振る。
少年が私のすぐ横に立ちしゃがんだ。
そして、声を潜める。
「回復魔法が使えないのかい?」
こくんと頷こうとして、首を縦にも横にも動かさなかった。
「そうか。うん、大丈夫。僕は水魔法が使えない」
微動だにしなかった私を安心させようと少年がにっこっと笑う。
ああ、やっぱり魔欠落者だ。
「痛かっただろう。すぐに直してあげる【回復】」
少年が呪文を唱えると、手の傷も足首の痛みもあっという間によくなった。2か所とも一度の呪文でだ。
どれくらいの力を持っているかは分からないけれど、やはり普通の人よりは回復魔法の力が強いみたいだ。
「ありがとう。お礼……」
「いいよ、お礼なんて。それよりももう転ばないように気を付けて。それから、ここから先はスラムって呼ばれるところだから行かない方がいいよ」
少年は優しい。
「私……」
どうしよう。お礼を口実にもう少し何か話をしてきっかけをつかもうとしたのだけれど……。
ルークならこんな時、すぐにいいアイデアが浮かんで実行しちゃうのかなぁ。私はダメだな。どうしたらいいのかな。
怪我が治ったはずなのにいつまでも立ち上がらない私の顔を少年はのぞき込む。
「もしかして迷子?」
首を横に振る。
「お母さんは?」
首を横に振る
母様の顔を思い出して泣きそうになる。
「お父さんは?」
母様を殴った父親の顔を思い出して胸が苦しくなる。
「おいで、大丈夫だよ。お腹空いてない?」
何も答えなかったのに、少年には何かが伝わったのだろう。すっと手を差し出し立ち上がらせてくれた。
「僕はテラ。いや、私はテラ」
「え?わ、私?えっと、え?」




