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選ばれし井の中の蛙

 それぞれの手の平に現れた火にファーズさんは囲まれる。

 今は、ファーズさんから3メートルほど離れた場所で円形に並んでいる人たちが、ゆっくり、ゆっくりとファーズさんに近づいていく。

「ほら、このまま我々が近づいたらどうなるか分かるでしょう?」

 火に取り囲まれたら熱い。

 そんなのは分かり切ったことだ。

「風魔法を使って助けを呼んでもいいんですよ?」

 ファーズさんは顔色一つ変えていない。

 そりゃそうだ。想定内なのだから。

 昨日の会議でファーズさんは言っていた。

 長老会議のメンバーが魔力の高い騎士を落ちた者などを私兵として積極的に雇っていると。兵を集める目的など誰かと一線交えること以外はないだろうと。近いうちに何らかの動きを見せるはずだと。

 ファーズさんが昨日採用した兵を連れてきたのは煽るためだ。

「どうせなら、魔欠落者って分かりやすい服装のまま連れて行けばいいよ」

 ルークが昨日そう言った。

「煽れば煽るほど、プライドの高い者たちは後先考えずに動くんじゃないかな?うまくすれば釣れる」

 ルークの言った通りになった。

 本来はファーズが「魔力が強いことがどれだけ素晴らしいか見せてもらいましょう」と話を進める予定だったのだ。それが、見事にルークの読み通り先方が動いた。

 ランスル侯爵は半分抜けた歯を見せてゲヒゲヒと笑った。

「失敬失敬、貴殿は風魔法が使えなかったんでしたかな」

「ランスル侯爵様、使えないんじゃいですよ。人に声が届かない小さな小さな風魔法は使えるそうですよ」

 侯爵の隣の薄い唇の初老の男がキヒヒと笑う。

「そうじゃった。はっ。魔力の弱い魔法が一応使えるんだったなぁ、ファーズ。魔欠落者とは違うとお前にもプライドがあるだろう、間違えてすまなかったなぁ。さぁ、そろそろ熱くなってくるぞ、どうする」

 ファーズを囲む円が小さくなっていく。それぞれが手の平に出した火はファーズとの距離を縮め、1mほどに迫っていた。

「水魔法で消すか?」

 と、ランスル侯爵がまたゲヒゲヒと笑った。

 明らかにファーズが水魔法もほとんど使えないことを知っていて言っているんだろう。

「魔力が強い者は、先ほど連れてきた者たちよりも優れているんですよね?」

 ファーズが無表情で口を開く。

「はっ、当たり前だろう、お前の採用した者が魔欠落者だというのを我々が知らないとでも思っているのか?」

 恐怖に顔をゆがめるでもなく、怒りで顔色を変えるわけでもないファーズに苛立ったのか、ランスル侯爵が大きな声を上げた。

「あいつらの10倍、いや100倍は我らは優れている。比べるのも汚らわしいほどだ!」

「そうだ。そして、火魔法以外ろくに使えない魔欠落者みたいなお前よりも我々は優れた存在だ!」

 ふっとファーズさんが軽く笑う。

「それは良かった」

「は?どういう意味だ?我々を馬鹿にしているのか?」

「いいえ。新規採用の兵よりも、私よりも、そこにいる護衛兵や長老会議の皆さんは優れているのでしょう?」

 ファーズさんの言葉にランスル侯爵が手の火を消す。

「はっ。流石に逃げ場を失い、自分の無力を感じたか。そうだとも!我々はお前のような下種な魔力の低い者たちとは違う選ばれた人間なのだ!」

 ゲヒゲヒと笑って侯爵はファーズを取り囲んでいる者たちの顔を見回した。

「侍女や給仕の者たちも優れた者というわけですか?」

 壁際に建ち並んでいる者にファーズは視線を移す。危ない。視線がこちらに向く。

 サッと布を戻して身を固くする。

「もちろん、お前よりもよっぽど優れた者たちだ。我々選ばれし人間に仕えているのだ当たり前だろう」

 ぼそぼそと侍女たちの声が聞こえてきた。

「当り前よ。魔欠落者なんかと一緒にしてほしくないわ!」

「なんであんな男が宰相なの」

「ご主人様たちがいま懲らしめてくださったからきっとすぐに別の者に変わるわ」

「邪魔者がいなくなれば王宮勤めも夢じゃないわよね」

「本当よ。王室付きの侍女だったのにわがまま姫のせいでこんなところで働かされて」

 ファーズさんが声を張り上げた。

「お前たちに尋ねる。本当に、新規採用した兵よりも優れた能力を有しているのか?自信の無い者、疑問に思う者は私と一緒に出よう」

 ファーズさんの声が近づいてくる。足が布の隙間から見えた。

 カラカラカラ。

 私の乗っているカートをファーズさんが押す。

「新規採用した兵の実力を見せるために来たので、そろそろアレが来ると思いますが、皆さん兵や私よりも優れているそうなのでよかった」

 ファーズが扉の前で一度立ち止まる。

 今だ。

「【取出】」

「俺は一人で3体は軽い。おれより優れているというのならば、一人1体では物足りないかもしれませんね」

 え?

 一人1体?ええ?何人いたっけ?

「【取出】【取出】【取出】【取出】」

「は?どういうことだ?」

「うわぁ!なぜここにモンスターが!」

 なぜって、私が出したから。

 アネクモを8体。あと、侍女さんたちはレイナさん基準で、アネクモは倒すのが難しいだろうと角兎くらいにしておく。それからえーっと、もう何人いたのか分からないので、スライムどっさり。

 ごめんねブルー。あとでまた捕まえてくるから。

「うわ、まだ出てきた!」

「やめろ、倒せ」

「【火】」

「お前たち護衛だろう、私たちを守らぬか!」

 ちょっとパニック。

「うわー、エイル、派手に出したなぁ。俺と新規採用3人の4人にこんなに出すつもりだったのか?」

 え?ファーズさんが小声でつぶやいた。

 ち、違うよっ。だって、ファーズさんが一人1体っていうから……。

「まぁいい。よくやった」

 楽しそうなファーズさんの声。

「では、優れた皆様、あとはよろしくお願いしますよ。魔欠落者の兵は1体倒すのに何分もかかる無能ですから」


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