くしゃくしゃなシルバーグレー
ファーズさんの声が沈んだものになる。
「そうだね。村人を傷つけるわけにはいかないっていうことだよね。だから、もう少し国を整えてから来てもらうんでしょう?」
ルークはファーズさんの言おうとしていることをすぐに理解して会話している。
もう少し国を整える?それはいつまでかかるの?レイナさんは、いつまで命の心配をしながら生活しないといけないの?
体制が整うってどれくらいかかるの?
レイナさんは、いったいどれくらい長い間……命を狙われ続け、一人で過ごさなければならないの?
その長さを想像して体がきゅっとなる。
「まぁ、あれだ。長老会議を何とかすれば城内はかなり落ち着くようになると思う」
「ファーズ、何とかってどうするつもり?じじぃたちが死ぬのを待つわけじゃないよね?」
「はははっ、ルーク、確かに長老っていうくらいだから老い先短いじじぃの集まりかもしれないが、さすがにあいつら死ぬのを待ってたら何年先になるかわからねぇからな」
「まぁ、ああいうのに限って長生きしそうだしね」
「ちげぇねぇ」
ルークとファーズさんが楽しそうに笑い出した。
笑っていられる余裕があるの?
「やっぱり、私、レイナさんの侍女になるよっ。そんな何年も先までレイナさんが一人なんて……」
ファーズさんの目が私に向いた。
「ありがとうエイル。けどな、レイナは一人じゃない」
あっ。
「そうだよ、エイル。レイナにはファーズがいる」
ルークがニヤッと笑う。
「お、俺だけじゃ、ないからなっ!イズルとか、アマテとか、他にもっ」
ファーズが焦った声を出す。
「ごめんなさい。そうだった。他のみんなももう家族みたいなものなんだよね」
部屋を用意してもらって、村のみんなは家族なんだよって言ってもらって、レイナさんの特別な存在になったような気になっていたけれど……。それは私だけじゃなくて……きっと、私の知らないこの国の人たちにも、レイナさんを助けようとしてくれている人がたくさんいて……。
子供で庶民で、しかも魔欠落者の私が何とかしなくちゃなんて思わなくたって……。
「エイル、ルークも、覚えておけ。レイナの味方はそのままお前たち二人の味方でもある。レイナが一人じゃないというのは、お前たちも一人じゃないってことだ」
こくんと小さく頷く。
「レイナには、俺もイズルもアマテも他にもたくさん……城全体では確かに少ないが、それでも本当に信用できる人間が何人もいる。それはそのまま、エイルとルークの味方だ」
ルークも力強く頷いた。
「僕が力をつけたら必ず恩返しすると約束する。今は助けが欲しい」
……ルーク。
「なーに言ってるんだ。恩返しとか水臭い。今も十分助けられてるぞ」
ファーズさんが私とルークの頭を撫でた。
いつもよりも力強くぎゅっぎゅと押さえつけるような撫で方だ。
「やめろってファーズっ」
ルークがファーズの手を払いのける。
「エイル、大丈夫か?あー、もうっ、エイルの髪がもしゃもしゃだっ」
ルークがぎっとファーズをにらみつけた。
「もしゃもしゃ?」
頭に手をやる。確か鏡があったはずだと右の方を見る。
鏡に映った自分の姿に一瞬心が凍る。お城にある鏡はとても立派で、姿がはっきりくっきりと映る。
父親と同じ髪の色をした自分の姿に、思い出したくない父親を思い出す。
だけれど、少し視線を動かせば、鏡の中は私一人じゃなかった。
ルークとファーズさんの姿も映っている。私の後ろから、私を優しい目で見る二人の姿が鏡に映っている。
「大丈夫っ!」
声に出す。
今はまだ父親のことを思い出すと辛いけれど、でも、大丈夫。
「いや、大丈夫じゃないよエイル。ちょっと待ってて」
ルークが立ち上がって鏡台からブラシを持って来て私の髪をとく。
「いいよルーク。自分でできるよ?」
「ちょっと待って、これ。ヤンさんからの預かりもの。エイルの髪の色を教えたら、糸を選んで作ってくれたんだよ」
え?
ルークがいつの間にヤンさんから受け取ったのかズボンのポケットからリボンのついた小さな髪飾りを取り出した。
「ほー、さすがヤンばぁさんだな。エイルの髪に本当に似合うな」
くすんだ灰色の髪に、ピンクの花が咲いた。
「綺麗なシルバーグレーの髪に本当に似合う」
え?
「うわー、先を越された!私がエイルちゃんの髪の毛飾ってあげようと思っていたのにっ」
パタンとドアが開く音とともに、レイナさんの涼やかな声が響いた。
「もう、ひどい、ああ、でも”ルーク君”からのプレゼントなら仕方がない……」
「レイナ、ち、違う、ヤンさんからこれは……」
「なによぉヤンさんに頼んだのはルークじゃないの?」
プレゼント?
ルークから?
「さぁ、メンバーがそろったな。じゃぁ、会議を始めるか」
会議?
ルークの部屋には小さな丸テーブルがあり、その周りを囲むように4つの椅子がある。
そこに4人全員が座りなおす。
会議……?
「エイル、彼も会議に参加してほしいんだが」
「彼?もしかして、ブルーのことですか?」
ファーズさんが頷く。
「出てきてもらえばいいですか?」
部屋の中はブルーを出すには少し狭いかもしれないと首をかしげながら尋ねる。
「あ、いや、会話さえできればいいんだ。毛に触れれば会話はできるのだろう?」
そっか。
ブルーの毛を包んでいたハンカチを取り出す。それをテーブルの中央に開いて毛に触れる。
「ブルー、あのね、ファーズさんとレイナさんと私とルークと、それからブルーと、みんなで会議をしたいそうなんだけど」
『会議とはなんだ?』