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魔欠落者の娘を持っていた者たち

「ねぇ、お願いがあるの。私達、お父さんもお母さんも死んじゃって、親戚のおじさんの家に行く途中なんだけれど、夜になっちゃって。一晩、泊めてくれないかな?お金はないんだけど、パンを持ってるから、それで……」

 突然話しかけられて少年はびっくりした顔を見せたが、私とルークを見て眉を下げた。

「僕よりも小さいのに……わかった。うちは貧しくて何も出せないけど、ベッドは貸せる。ついておいで」

「にーちゃ、お姉ちゃんたちうちに泊まるの?じゃぁ、案内したげる」

 妹が私の手を取って引っ張ってくれる。

 案内されたのは、裏通りの薄暗いアパートの2階だった。キッチンと小さな部屋が2つあるだけ。

「父さん、帰ったよ、今日はお客さんがいるんだ」

 少年がお父さんに話しかけているけれど、全く返事の声が聞こえてこない。

 もう、意識もはっきりしていないのかもしれない。

 キッチンのテーブルに、ゴーシュさんからもらったパンを5つほど取り出して置く。

「うわぁー、いい匂い。食べていいの?」

「もちろん」

 私の言葉を待ってから、妹はパンを手に取って食べた。相当お腹が減っていたのか、パンがあっという間に消えていった。

 2歳くらいの小さな妹?弟?にパンを半分にちぎって手渡し、少年にも声をかけている。

 いい子だ。

 少年は、父親の元から戻ると、パンのお礼を口にした。

「こちらこそ、泊めてもらえてありがとう」

 それから、ちらりと父親のいた部屋を見る。

「お父さんは病気なの?」

「あ、ああ……」

 少年が暗い顔をした。

「妹のルーシェは、少しだけ回復魔法が人よりも得意なの。お父さんに魔法をかけてもいいかな?」

 妹というのはもちろんルークのことだ。女の子の姿なのでルーシェと呼ぶことにした。

「ありがとう……」

 少年は泣きそうな顔でお礼を言うと、私とルークを父親のベッドサイドまで連れて行ってくれた。

 父親の顔は、憔悴しきっている。顔色は白と紫で、眼の下は落ちくぼんでいて、まるで骸骨みたいだった。

 変な汗がでて、息遣いは細くて不規則だ。

「【回復】」

 ルークが呪文を唱えると、ほんの少しだけ父親の息遣いが落ち着いたように見える。

「ありがとう。父さんも少し楽そうだ」

 少年たち兄弟は、父親がいる部屋を使い、私たちは少年たちの部屋を使わせてもらった。

 二人で一つのベッドに寝転がる。

「ねぇルーク、ルークにも回復できないほどひどい状態だったの?」

 彼らの父親への回復魔法は、、瀕死の状態の私を救ったものと同じとは思えなかった。それほど少年たちの父親の病状が重たかったんだろうか?

「力をセーブした。牧師でも治せない病気、僕が治したら騒ぎになる」

 そういわれれば、そうだ。

 騒ぎになれば、それを聞きつけてあの男たちがやってくるかもしれない。そこまで私は考えが及ばなかった。

 ルークって9歳だって言ってたよね。いろいろ考えてるんだ。見た目が5歳くらいだから忘れそうになる。


 朝、まだ薄暗い時間に起きた。少年たちが寝ている間に、ルークは父親にもう一度回復魔法をかけた。完治はしないけれど死ぬこともない。あとは時間が病を治してくれるだろう。

 そして、机の上に、パンを置いて部屋を後にする。

 次の街まであとどれくらいだろうか。

 町の端に、荷馬車に馬をくくり付けている中年の男女がいた。

「あの、隣の町までどれくらいの距離がありますか?」

「なんだい、子供二人で、歩いていく気かい?どうせ行先は同じなんだ。乗っていきなよ」

 女性の言葉に顔が綻ぶ。

「いいんですか?」

「よくねーよ!なんでわざわざ荷物増やさなきゃいけねぇんだ!」

 男が、女に怒鳴った。

「けち臭いねぇ、あんたはっ!別に減るもんじゃないからいいだろう?この子たちを乗せていかないって言うんなら、私も行かないからねっ!」

「チッ」

 男は、不満げに舌打ちを鳴らしただけで、それ以上何も言わなかった。

「ごめんねぇ、びっくりしただろう?ダンナのことは気にしなくていいからね。私はラァラ、ダンナはジョン。よろしく。ほぉら、一人で乗れるかい?」

 ラァラさんが、ルークを抱き上げて荷台に乗せてくれた。それから、自分で乗れますっていう言葉をさえぎって、私もぎゅうっと抱き上げられた。

 荷台には、大きな樽が2つと、ルークと私とラァラさん。御者席にジョンさんが座った。

「へぇ、そうかい。両親が亡くなったから、親戚を頼って行くのかい」

 ラァラさんに、作った身の上話を聞かせる。

「小さいのに、大変だねぇ」

 目を細めてラァラさんが同情の言葉を口にする。それからは、私達に気を使ってか身の上話はせずに、これから行く町のことや、商売のことなどの話をしてくれた。

「これから行く町の料理はどれも少し辛くてね」とか。

「昔、ジョン、ダンナがうっかり荷物を積み忘れて」とか。

 馬車に揺られて1時間ほどたったところだろうか。

 スライムがぴょんと荷台に跳ねて乗ってきた。

「危ないっ!」

 ラァラさんが、とっさに私とルークを背にかばった。

 スライムの攻撃なんて大したことはない。子供でも倒せるようなモンスターなのだ。

 それなのに、ラァラさんは本当に必死な様子で私たち二人を庇ってくれた。

 火魔法でスライムを倒し、ふぅっと息を吐きだしたラァラさん。

「無事かい?」

「ありがとうございます」

 それからは、饒舌だったラァラさんが口をつぐんだ。

 10分くらいして、ぽつんと話を始める。

「もしだよ、親戚が冷たかったら……うちの子にならないかい?」

 え?見ず知らずの子供を自分の子に?

「ばかっ、何を言ってるんだ。子供はもう諦めたんだろ?」

 私たちの話を聞いていたのか、御者台から旦那のジョンさんの声が飛んできた。

「諦めた?」

「娘が一人、いたんだ。だけど、死んだ。5歳になっても水魔法が使えないから、炎天下に置き去りにした。昔から窮地に陥いると魔法が使えるようになるから。うちの村では常識的な教育方法だったんだ」

 炎天下に置き去り?

 ……確かに、喉が渇いて必死になると水魔法が使えるようになると聞いたことがある。何度、私も試したことか……。

「だけれど、娘は水魔法を使えるようにはならなかった。次の日、脱水症状で死んだ」

 ああ、なんて言うことだ。

「うるせー、娘の話はもうするな。あれは、魔欠落者だったんだ。死んでも仕方がない、一人ではどうせ生きていけない子だったんだ」

 魔欠落者?

「そうさ……。5歳まで魔法が使えなかったんだ。うすうすは魔欠落者じゃないかと疑っていた。だけど、魔欠落者の娘がいるなんて人に後ろ指をさされたくない。だから、魔欠落者であるはずはないと、絶対に魔法が使えるようになるはずだと……現実から目をそらして、置き去りにした。罰が当たったのかねぇ。それから子供には恵まれなくてさ……」

 胸の奥がドロドロと言いしれぬ重たい感情が渦巻くのを感じる。

 父親の言葉を思い出す。「お前のような魔欠落者を生んだと知られれば、罵倒されるのは母親だ」

 どれだけ母様も辛い思いをしてきたのだろう。私のせいで後ろ指をさされて苦しんできたんだろう……。

 私、生きてていいのかな。ルークと笑って暮らせる場所を探すなんて……。母様を苦しめて、私が幸せになる権利なんて……。

「罰なんか当たるもんか。娘だって、魔欠落者として生きてくより死んだ方が幸せだったさ」

 ジョンさんの言葉がストンと心に落ちた。

 そうか。

 そうかも。

 死んだ方が幸せなのかも。

 ガタンッ。

 突然、馬車が止まった。


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