部屋
「はー、なかなかレイナも策略家だよな。客間ではなく部屋を用意するとか。客人扱いじゃないってことは、身内としてこき使おうってことでしょ」
ルークがブックらぼうな口調でつぶやいた。
「え?」
レイナさんが驚いた声を上げる。
「そんなつもりじゃなくて、だって、あの……」
働かせるために部屋を作ってくれたなんてルークは思っていない。だって、顔が笑ってる。レイナさんもそれに気が付いたようで、必死に言葉を探していた口をつぐんだ。
「ルークっ!からかったわね!」
「ふっ、魔獣の村の人間は家族だって言ったのはそっちだ」
ルークがふふふと笑う。
「客人扱いされなくてよかったよ。ね、エイル」
そうだ!
そうだった!
私たち、村の住民はみんな家族なんだもん。
ふわぁ、すごい。
お城に一歩入ると、そのあまりのきらびやかさに思わずきょろきょろとしてしまう。
レイナさんたちは、仕事があるからと王宮の執務室がある棟へと移動していった。
私とルークは王族の居室や客室などがある居住棟へと案内される。
長く続く廊下は、冷たい石づくりの床だけれど、人の歩くところにはふかふかの赤い絨毯が敷かれている。
廊下の両脇には、一定間隔で彫像や花や絵が飾られている。
「エイル、ぼーっとしてると置いて行かれて迷子になるよ」
2メートルほど距離が開いてしまったところで、ルークが立ち止まって振り返った。
ルークは、このすごい廊下でも平然とすたすたと歩いている。
興味ないのかな?
「ほら」
伸ばされたルークの手が、私の手を握った。
温かい。そう、この温かさに何度助けられたことか。
「後でゆっくり見ればいいよ」
ルークの言葉に
「すいません。もう少しゆっくり歩きますね。気が回らなくて申し訳なかった……」
部屋へと案内してくれる赤毛の騎士が頭を下げた。
「ごめんなさいアマテさん。えっと、大丈夫です。一度部屋に行ってから、ルークの言うように後でゆっくり見に来ます」
「うん。じゃぁ、僕は君たちの後ろを歩くよ。それなら迷子になったりしないよね」
アマテさんはいい人だ。
「そこの階段を上がって、右に進んで」
階段を上ると、今度は床は木製だ。歩くとしたの石にあたってカタカタと音を立てる。
お城なのに、作りがガタガタ?
まぁ、私やルークはお城に泊めてもらうだけでも僭越なことなのだから、ガタガタでも構わないんだけど。なんだか不思議。
「アマテさん、もしかしてレイナ……陛下とか、この階に部屋があるの?」
ルークが足元を確認するとアマテさんに尋ねた。
「ええそうです。よくわかりましたね?」
「これ、音を立てずに歩けないよね?不審者が近づいたことが分かるようにってことでしょ?」
え?そうなの?
「その通りです。夜間も部屋の前には警護兵は立ちますが、歩き回って音を立てることはありません。もし足音が聞こえたら、招かざる客ということになります」
うわぁ、やっぱり王族って大変だ。招かざる客って、つまり……暗殺者とかそういう人だよね。
あ、もしかしてルークは自分も命を狙われていたからこういうことに敏感なのだろうか……。
「招いた客が訪れるのを今か今かと待っていることもあるんでしょ?」
え?
暗殺者を招くの?
「いえ、残念ながら、今のところは……」
アマテさんが声を潜めて首を横に振った。
「はー。そうなんだ。ファーズはまだ、レイナの気持ちに答えてないのか!」
ん?
へ?
「こほんっ、ルーク君、君にはまだ早い話です!聞かなかったことにしてくださいっ!」
何?え?
わけがわからないでいると、アマテさんが慌てえて咳ばらいをした。
ルークには早い話?
ファーズさんがレイナさんの気持ちに答える?
あ!
もしかして、プロポーズとかそういう話?うわー。ロマンチック。
足音で好きな人が来たことが分かるとか。素敵!
「そちらの手前の部屋がルーク君、その真向いがエイルさんの部屋になります。一番奥が陛下の部屋です」
うわー。レイナさんとも部屋が近いんだ。うれしい。
「え?いいの?いくらなんでも陛下と同じ階に部屋を持つなんてまずいんじゃない?僕もエイルもそういう立場じゃないよ?」
そうだ。
魔獣の森では一つ屋根の下が当たり前だったけれど、レイナさんは今では陛下だ。それにお城にはたくさんの部屋がある。私やルークを近くの部屋にする必要なんてない。
ルークが眉を寄せた。
「どういうつもり?」
アマテさんが少し悲しそうな表情を見せた。
「陛下には信用できる者がまだ少ししかおりません」
その一言で、ルークは納得したようだ。小さく「そういうことか」とつぶやいた。
「じゃぁ、早速部屋に入ってみよう!」
ルークは右手の部屋。私は左手の部屋。ノブに手をかけて、せーのでドアを開け、部屋に入った。
天涯付きの立派なベッドが中央にあった。きれいな薄いピンクの布で飾られている。
大きな窓から明るい光が注ぎ、小さくレースのカーテンが揺れている。
なんて素敵。ベッドの後ろに回り、入ってきたドアの壁に視線を移す。
「……!」
か……。
そんな、嘘だ……!
母様っ!