居場所
それから1時間ほど試験は続いた。終了後、ファーズさんとイズルさんと私とルークは馬車に乗ってお城へ向かう。
いつもは馬で移動するファーズさんやイズルさんも、今回は結果の報告書を作りながらなので馬車らしい。
1回目の兵選抜試験の結果、元騎士で採用されたのは、初めに出てきた人形を抱えて逃げた男だけだった。
「まぁ、こんなもんかな」
庶民出の者が20名ほど。それから、魔欠落者が3人。
「けがの功名ですかね。ファーズ隊長……じゃない、宰相が危険に陥ったのを救った魔欠落者が採用されたことがきっかけで、積極的に参加してくれましたから。2回目もぜひ、この手で」
ああ、あのアネクモ5匹のやつだ。イズルさん、何かファーズさんに恨みでもあるんだろうか。
「は?まぁ、俺は構わないぞ」
ファーズさんはちょっと驚いた
「ええー、冗談ですよ!そこは、普通「冗談じゃない」って返すところでしょう?宰相にそんな危険なことさせられるわけないじゃないですか!」
イズルさんの焦った声にファーズさんがくっと笑った。
「んー、いい運動になったし、楽しかったぞ。そうだ、エイル、まだ残ってるか?」
残ってるって何が?ああ、そうか。私に聞くってことは、
「アネクモですか?まだ残ってると思います」
「そうか。じゃぁ、今度から騎士の訓練に使うか。イズル、アネクモが逃げ出さない訓練場の確保を頼むな」
ファーズさんがにやっとわらってイズルの背中を叩いた。
「えー、まさか、ストレスがたまったらアネクモで遊ぶためにですか?」
イズルさんがぶつぶつ言い、ルークがふっと笑った。
「いい考えだね、ファーズ。魔力が強いだけで偉ぶってる騎士たちの鼻っ柱を叩くのにはうってつけだ」
ルークの言葉にイズルさんがはっとした顔をする。
「そうなんですね!すいません、そんな考えがあったとは……」
「ああ、そうか。その手があったな」
って、ファーズさん。その手があったかって、その手のためにアネクモ使うつもりじゃなかったんですか……!
「ファーズ……」
ルークが頭を押さえた。
「いやいや、冗談だ。鼻っ柱を叩くつもりはないが、魔獣と戦う実践訓練に使えると思ってな。さっきの採用試験を見ても、魔法に頼りすぎた単調な戦い方しかできないようだからな」
実践訓練か。
それなら
「ファーズさん、アネクモ以外にもいろいろ出しましょうか?ブルーがあんまりおいしくないっていうのなら出せますよ?」
「ああ、助かる」
よかった。私、役に立てた。
あ、そうだ。
「【取出】はいどうぞ」
収納に入れて置いたナナバだ。動いた後小腹がすいたときにいいと聞いたことがある。
「おう、サンキュー。エイルは気が利くな」
ファーズさんに、頭を撫でられる。
「イズルさんもどうぞ。ルークも食べるよね?」
みんなで仲良く馬車の中でナナバを食べていると、馬車が止まった。
バッターンと大きな音を立てて馬車のドアが外から開かれたかと思うと
「あー、ずるい!みんなで楽しそうに、おいしそうにナナバ食べてるっ!ずるい、ずるい!私は書類に押しつぶされそうになってたのにっ」
「あいかわらず、姫は……いえ、陛下は、ファーズ隊長じゃない、宰相を見つけるのが早いですね。お城の窓から馬車が見えましたか?」
イズルさんの言葉に、初めて魔獣の森の村へ行った日のことを思い出した。
うん、そうだ。崖をロープを伝って降りたら、レイナさんがかけてきたんだった。
ほんの少し前のことだけれど、懐かしい。
「あの、レイナさんもどうぞ」
女王陛下となったレイナさんだけど、変わってないのがうれしい。
差し出したナナバを、レイナさんがにこっとわらって受け取ってくれた。
「ありがとうエイルちゃん!さぁこれ食べたら、報告をお願い。あ、ファーズは書類がいっぱいたまってるからそっちね。エイルちゃんとルークはまずはゆっくりしていて」
ゆっくり?
「えっと、何か手伝えることはないですか?」
みんなががんばっているのにゆっくりなんて……。
「ふふ。働き者だね、エイルちゃんは」
レイナさんの手が優しく髪をなでてくれた。
働き者?言われてびっくりする。
「私、その、役に立てることがうれしくて……」
働いているなんてつもりはなかった。ただ、役立たずで足手まといで、生きている価値がないと、ずっと父親に言われていたから。母親にも守られるだけで何もしてあげられなかったから。
だから、私。
うれしくてうれしくて仕方がない。
もっともっと、誰かの役に立ちたい。私にできることしたい。
「うん。あのね、明日はまた手伝ってほしいことがあるのよ。お願いできるかな?」
「はい!もちろんです!」
だけど、今日はもうできることないのかな?
「まぁ、早く部屋に行って休んでやれ。レイナがエイルたちがくるって言うんで張り切って部屋を用意してたぞ」
ファーズさんの言葉に、レイナさんが「あー、言わないでって言ったのにっ!」って怒っている。
「私たちのために部屋を?」
レイナさんの顔を見ると、少し照れたように笑った。
「えへへ。エイルちゃんもルークも、村ではまだ村長の家に仮住まいで自分の部屋がないでしょう?だから、ここに来た時には自分の部屋としてくつろいでもらえたらいいなぁって」
客間ではなく、自分の部屋として?
「エイルちゃんの部屋とルークの部屋を用意したのよ。足りないものがあったら遠慮なくいってね。部屋は隣同士にしてあるの」
「私の……部屋?」
どうしよう。
どうして、どうして……。
涙が出る。
思わず、レイナさんに抱き着いてしまった。
魔欠落者の私でも幸せに暮らせる場所を、居場所を探していた。
魔獣の森の村だけじゃなくて、ここにも私の居場所が増えるんだ……。
「ありがとう、うれしい」
私の居場所。