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ゆがんだ信仰

 それに交じって、魔欠落者なんかと一緒に働きたくないという不満の声もあった。

 ……。それは、今まで魔力が高くてちやほやされていただろう騎士服の男たちからばかりではない。

 庶民からも、みすぼらしい服装の者たちからも聞こえた。

 いくら魔力が小さくても、魔欠落者とは違う……と、それがプライドとなっている人たちから……。

 魔力の弱い者は、それでも魔欠落者よりはマシだと……下には下がいる、自分は底辺じゃないと思うことで気持ちを保っている人間がいる……。

 ぎりりと胸の奥が痛んだ。

 魔法が使えなくても生きていける。だけど、魔法が使えないという心の苦しみからはどうすれば逃れられるのか。

 魔欠落者がいることを心の支えにしていた魔力の弱い人たちの心はどうすれば違う考え方に向くのか。

「これは誰?」

 ファーズさんが、アネクモの首に刺さった矢を引き抜いて掲げた。

「あ、俺。でも、兵になるのやめるわ」

 肩までの白い髪を後ろで一つに結んだ若い男が姿を現した。アネクモに突き刺さった矢を引きにいて背中の矢筒の中に収めていく。

「こいつの糸って金になるだろ?火をつけて関節狙えばこんなに簡単にやっつけられるなら、アネクモ狩りして生きてくよ。集団行動苦手なんだよね」

 ひらひらと手を振って白い髪の男は去っていった。

「んー、いい腕してるのに惜しいな。仕方がない。採用試験を続けるぞ。全員入れ替われ。あと、守護対象はこいつと交代。じゃぁ、皆で頑張って守ってくれ」

 ファーズは主席男を中央に立たせて競技場を出て小屋の上に上がった。

「宰相命令。守護対象として競技場から出ることは許さない。出れば反逆罪で牢屋行き」

 ファーズさんがニヤッと笑った。

「あーあ、権力使った横暴」

 ルークがファーズさんをちらりと見た。

「はっはっは。これくらいのストレス発散でもしなけりゃやってられないよ」

「守られる立場を経験すれば、守る人間に必要な資質も理解するでしょうし。戦えない人間がどれほど不要かということも嫌というほど分かるでしょう」

 イズルさんの言葉に、ルークが笑った。

「確かに。魔力が高いことが役に立たない世界っていうのを経験させるのはいいことだね。エイル、ガンガン出してあげて」

 いやいや、みんなすごく怒ってるよね。まぁ、うん。私も腹が立ったから分かるけれど。

 魔欠落者が目の前にいるだけで罪だとか……。

 目の前で人が死ぬかもしれないのは平気でも……、死ぬかもしれない人を助けた人間を見るのはいやだって……。魔欠落者というだけで……。

「【取出】」

 アネクモばかりじゃ芸がないかなぁと、双角熊を出す。珍しい中級モンスターだ。切られた部分から分裂して個体を増やす厄介者らしい。

 ブルーの好物だけど、個体を増やす前にぱっくり食べちゃうからどうにかして増やせないかなと言っていたのでちょうどいいかなぁと思って。別に、主席男を困らせようと思って出したわけじゃないよ。うん。

「おい、お前、しっかり守れ!何をやっている!ふわー、増えた!増えたじゃないかっ!」

 競技場で分裂して増え続ける双角熊。5つを超えた個体については、収納していく。増えた個体だけで、もう20は収納しただろうか。もういいかな。

「だめだ、切れば切るほど増える!火魔法は効かぬ、どうすればいいんだっ!」

 ズシャッ。

 ああっ!鋭い爪で、一人の男が足をえぐられた。鮮血が競技場に飛び散る。

「うわぁぁ!【回復】っ、ダメだ、誰か、神父様を……」

 どうやらかなり深い傷らしい。

「【風】回復魔法の得意な者がいれば特殊兵として採用する。魔欠落者でも構わぬ」

 イズルの呼びかけに、みすぼらしい恰好の10歳くらいの男の子がこちらを見上げていた。

「やめろー、神父様を呼んでくれ!魔欠落者など、悪魔に魅入られた人間に魔法を駆けられたら血が腐っちまう!」

 怪我人の叫びに、こちらを見上げていた男の子がびくっと肩を震わせた。

 この子、もしかして……。

 ルークも気が付いたようだ。人よりも大きな回復魔法が使える魔欠落者の子かもしれない。

 一応怪我人が出たときのために神父も待機していたのだろう。すぐに怪我をした男は競技場の出口に運ばれ、神父に回復魔法をかけてもらっていた。

「だめですね。私の力ではこれ以上の回復無理です。出血は止まりましたから命に別状はないでしょうが、歩けるようになるかどうか……」

「そ、そんな!歩けなくなったら兵になれない!それどころか仕事が、俺は荷運びの仕事をしてるんだ、明日から仕事はどうしたらっ!頼む、直してくれ、神父様は回復魔法が誰よりも強いんでしょう?」

 男の懇願に、神父が首を横に振った。

「【風】回復魔法が得意な者はいないか。兵になる気がなくとも、あの男を治せば報酬を与える」

 再び男の子の肩が動いた。

 きょろきょろと視線が定まらない。どうしようか悩んでいるようだ。

「いやだ、いやだ、魔欠落者に治されるくらいなら、悪魔に魂を売り渡したくないっ!いやだ!」

 男が暴れ出した。 

 そんな!歩けなくなるのに……。そこまで魔欠落者を嫌うの?

 自分より下だと見下していた人間に助けられるのが嫌なの?

「神よ、この者は悪魔の誘惑に打ち勝つことができました。祝福を」

 神父が天を仰いだ。

 怪我をした男は両目から涙をこぼしている。

 信仰!

 魔欠落者が悪魔に魅入られた者だという教会の教えが……。魔欠落者を激しい差別の対象としてしまっているのか……。

 怪我や病気が治ることよりも、信仰が大切なの?

 魔欠落者は……悪魔に魅入られた人間なんかじゃないのに……。

 魔獣の森の村で忘れかけていた、魔欠落者への差別の数々を思い出して喉が焼けるように熱くなった。

 魔力の強さに関係なく人を評価するようになったとして……。その魔法が使えない魔欠落者も、同じ人間として見てもらえるようになるんだろうか……。

 気が付けば、男の子の姿はどこかへ消えていた。

「まだ始まったばかりだ。まずは魔力至上主義の意識を変える。10年、20年、何年かかるか分からないが……」

 ファーズさんの大きな手が、私の背中とルークの背中をそっと撫でた。

「必ず変わる。いや、変えていく。魔獣の森の村のように、皆が笑顔で暮らせる国に……」

 そうだ。

 始まったばかり。まだこれからなんだ。

 無理だって、変わらないって諦めたら終わりだよね。

「教会は役割を考えるとすぐに解体するわけにはいかないが……」

 回復魔法の強い人間が神父として派遣され、各地で医者としての役割も担っているから。急に教会がなくなってしまったら確かに困ったことになるだろう。

「まずは教会とは別に各地に回復魔法に特化した人間を配置する。そして特別に強い回復魔法を持った者を巡業させようと思う。国からの派遣ということで」

 ファーズさんがちらりとルークを見た。

「奇跡の子供という触れ込みで新しい宗教でも開くつもり?それじゃぁ、今度は別の問題が出るんじゃない?」


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