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罪とは

「こいつだ!呪文を唱えているのを聞いた!」

 薄汚れた服装の男が、ぼろ雑巾のような服装の中年の男性の腕を掴んでいる。

「こちらへ」

 イズルさんに言われ、男は引きずられるようにして連れてこられた。

「あいつが邪魔をしたのか」

 主席男が吐き捨てた。

「競技場の外から試験の邪魔をしたんだ、覚悟はできてるだろうな」

「ひぃー、す、すいません、すいません、邪魔をするつもりはなくて……」

 ろくに食事もとれていないのか。ぼろ雑巾のような服装の男は、細くて主席男に捕まれ足が地面から浮いた。

「ひ、ひ、人が、目の前で人が死ぬのは見たくなかった……だ、だから、つ、つい……」

「手を離せ」

 ファーズさんが主席男に近づく。

「ははっ。お前は、このみすぼらしい男に命を救われたらしいぞ。くくくっ」

 主席男が、乱暴に掴んでいた男を振り回し、ファーズさんに投げつけるようにしてぶつけた。

「すごい量の水だったが……名前は?」

 ファーズさんが男を立たせる。

「ガガ」

「ガガか。まだ魔力は残っているのか?」

 ガタガタと震えながらもガガさんは頷いた。

「は、はい……まだ、その……大丈夫です」

「ふーん。じゃぁ、冷たい水と温かい水が出せるかやってみてくれ」

「え?わ、わ、わかりました。できるかどうかわかりませんが。つめたい【水】、あたたかい【水】」

 ファーズさんの手の平にコップ一杯分ほどの水が出される。

「よし。採用。レイナが喜ぶ」

 ファーズさんがにっこり笑って、ガガさんの肩をぽんぽんと叩いた。

「できたんだ。温度調整」

「レイナさんが喜ぶって、お風呂係ってことかな?」

 ルークと顔を見合わせる。だけど、他の人には何のことかさっぱり分からないみたいだ。そもそも水魔法で温度の調整ができるなんて……。

「採用だ?何を言ってるんだ、こいつの魔法は出来損ないだろう?あんなに大量の水を出せるってことは、どうせお前みたいに他の魔法がろくに使えないに決まっている!」

 主席男がファーズさんに突っかかった。

 宰相にあれだけ言いたいことが言えるのってすごいなぁ。いや、あの男の中ではファーズさんを宰相とは認めてないんだろうな。それどころかいつまでも魔力が劣っていると、ファーズさんを下に見ているのだろう。

「おい、火魔法を使ってみろ」

 主席男の隣にいた騎士服の男の言葉に、ガガさんの顔は真っ青になった。

「魔力がもう残ってないわけじゃないよなぁ?さっきまだ大丈夫とか言ってただろう?」

「火魔法じゃなくて風でも光でもなんでもいい。使ってみろよ」

 騎士服の男たちが、まるで鬼の首を取ったかのようにガガさんに詰め寄っている。

「す、すいません、すいません、すいませんっ!」

 ガガさんは地面に額をこすりつけるように丸くなり、体を縮こませた。

「思った通りだ。お前、魔欠落者だろう?」

 騎士服の男が丸くなったガガさんを蹴った。

「ゆ、ゆ、ゆ、許してください……!」

 何?

 何で許しを請うの?

 何も悪いことしてない。ガガさんは……ファーズがアネクモに襲われるのを助けようとしただけ。

 そりゃ、試験の邪魔になったかもしれないけど……。だけど、そもそも試験なのに護衛対象をアネクモに襲わせようとするようなことをした騎士服の男たちが悪いんだよね?

 ガガさんは何も悪くないのにっ!

「はっ。魔力に関係なく兵を採用するって言葉につられてきたのか?馬鹿が!魔欠落者など兵になれるわけないだろう!」

「汚らわしい!こうして私たちの目に触れることすら罪だとは思わないのか!」

 騎士服の男が再びガガさんを蹴った。

「ううっ」

 うなり声をあげて、ガガさんが横に倒れる。

 ひどい!

 目に触れることが罪?

 何もしていない人を蹴る人間の方がよっぽど罪深いよっ!

 人を馬鹿にしたり、暴力をふるったり、そんなものを見せられる方がよっぽど迷惑だよっ。

「おい、こいつとこいつを傷害容疑で牢屋にぶち込んどけ」

 ファーズさんがイズルさんに命じると、すぐに兵が4人ほど現れてガガさんを蹴った騎士服の男を拘束した。

「何をする、私を誰だと思っている!離せ!」

「くそっ、たかが兵の分際で我らに手を出すなんて許されると思っているのかっ!侯爵家の人間を敵に回す気か!」

 じたばたと暴れだす騎士服の男たち。

「侯爵家の人間は、王家を敵に回す気か?」

 ファーズさんがぎろりとにらみつけた黙らせた。

「お前たちは無職。ガガは採用といった瞬間からガルパ王国所属の兵だ。つまり王家に仕える者を傷つけたんだ。わかるか?お前たち、傷害罪じゃなくて反逆罪を適用してもいいんだぞ?」

「おい、いい加減にしないか。魔欠落者など採用できるはずがないだろう?お前がいくら採用と言ったって、例え陛下が許すと言っても、長老議会が黙っているはずがない」

 長老議会?

「ふっ。さてどうかな。とにかく、ガガは特殊部隊に採用だ。あの水蒸気を見たろ?目くらましに使える。それに彼一人がいれば水魔法を誰も使わずとも行軍できる」

 ファーズの言葉にガガが少し顔をあげた。

「まぁ、戦争なんてこちらから仕掛ける気はないからな。周りの国がおとなしくしていてくれりゃぁ死ぬまで体験しなくて済むかもしれない。だから、主な仕事は風呂や炊事場の水出しなどの雑用になるだろうが、それでもよければ働くか?」

 差し出されたファーズさんの手を、ガガさんは震えながらもしっかりとつかんだ。両手で包み込み、流れ落ちる涙を拭こうともせずに何度も頭を上下させる。

「は、は、はい、ありがとうございます。ありがとうございます」

 人々のざわめきが一段と大きくなった。

 魔欠落者が採用されたぞ。あんな奴でも採用されるんだ。魔力が小さくても兵になれるというのは本当だったんだ。

 希望に満ちた声。


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