複数の声
1本、2本、3本。
あっという間に足を切り落としていく。
「うおおおおっ!」
競技場を見ていた人たちが沸き上がった。
「エイル、頼む」
ファーズの指を二つ立てた。
「【取出】【取出】」
小さい声で呪文を唱え小屋の中にアネクモを2匹出す。イズルさんがすぐに合図を出して競技場にアネクモを放った。
「また来たぞ!」
騎士たちが慌てて剣を構える。
「【火】火剣」
火をまとわせた剣をアネクモに向けるけれど、動き回るアネクモの足の関節には全く当たらない。
斧男は立ち向かっていく。
騎士たちは逃げようとしている。逃げるために剣を振っているだけだ。当たるわけがない。
「あはははっ、魔法が使えたって戦えないぞ!」
「そうだ、魔法がいくら使えたって、あのざまだ!みっともない!」
競技場の外から笑い声が上がった。
「なんだと!我ら騎士を侮辱する気か!」
「いつまでも騎士気取りか!兵にすらなれないぞ!悔しかったら倒してみろ!」
ファーズが騎士服の男をあおる。
「くそっ!お前のせいだ!お前が、陛下を惑わしたせいでっ!自分が魔力が強くないから、だから私たち魔力が高い者が憎くてたまらないのだろう!」
主席男が叫んだ。
「魔力こそすべてだ!魔力が高い方が偉いんだ!そうだろう?」
主席男が騎士服たちの顔を見た。
「分からせてやる!後悔させてやる!」
主席男は騎士たちを集め、何やら支持を出した。
競技場の中央には護衛対象となるファーズさん。騎士服の男たちは競技場に散らばった。
「お前らはどけっ!」
庶民を競技場の端に追いやり、騎士服の男たちは競技場の周りに円を描くように等間隔に立つ。
「【火】アネクモを追い込め!」
主席男の掛け声で、騎士たちが一斉に火魔法を放つ。アネクモをやっつけるためではない。競技場の円形に沿って火魔法を放って取り囲む。火を嫌い避けるアネクモは中央に集められていく。
アネクモ3匹にファーズさんを襲わせる気だ!
「隊長!じゃない、宰相!逃げてください!」
イズルさんの言葉にニヤッとファーズさんは笑い返しただけだ。
「ねぇエイル、あれくらいファーズさんなら大丈夫だよね?ファーズさんが強いってところをさ、もう少しみんなに教えてあげようよ」
ルークのいたずら心に、思わず同意してしまった。
だって、本当にファーズさんは強いんだよ。馬鹿にされるのは悔しいもん。
「【取出】」
追加で2匹アネクモを取り出す。
「ちょ、」
イズルさんがぎょっとして一瞬私の顔を見た。だけど、アネクモを出現させているのが私っていうのは他の人に知られるわけにはいかないのでぐっと言いたいことを飲み込んだようだ。
「宰相ーーっ!」
審査員が剣を手に競技場に飛び込んだ。
ファーズさんの味方だ!ちょっとうれしくなった。
5匹に取り囲まれてファーズさんの姿が見えなくなった時だった。
「【水】輪となり降り注げ」
「【火】炎剣」
「火戦斧」
「【火】火矢【風】方向修正」
ほぼ同時にいろいろな声が聞こえた。
大量の水が、アネクモを追い込んでいた騎士服たちの火魔法を消し去った。ものすごい水蒸気が立ち上り、競技場の様子が見えなくなる。
水蒸気が落ち着いて見えたのは、中央に立つファーズさんと首を切り落とされたアネクモ3匹。それから足をすべて落とされて動けないアネクモ1匹。そして、首の関節に十ほどの矢が付き立ってこと切れているアネクモだった。
「助かったよ。流石に5匹は厳しいからな。ったくエイルのやつ、いや、ルークが犯人か」
うう、ファーズにばれてるよ。って当たり前か。アネクモなんて自然に出てくるわけないもんね。犯人なんてすぐ分かる。
ファーズさんは斧を持った男にお礼を言い肩を叩いた。
「トドメも頼めるか」
「あ、あのでも」
男の持つ斧に巻き付けたアネクモの糸は、すでに燃え尽きている。
「その辺から糸は引っ張り出して巻いてくれ。あ、それから」
ファーズさんがズボンのポケットから小石を出して男に渡した。
「あれ、火打石だ。火魔法が使えるのに、ファーズはいつも持ち歩いてるんだ」
ルークがいうように、小石は火打石だった。ファーズさんが男に使い方を教えている。
「火だ……」
男が火魔法を使わずに点いた火に驚きの声をあげた。
「あれは、魔法の火じゃないのか?」
「火魔法を誰かが使ったんじゃ……」
「まさか、火魔法がなくても火が使えるというのか?」
ざわざわと声は背中からも聞こえる。
貧しい身なりの人たちから上がった声だ。
もしかして、この中に火魔法が使えない人がいるのかもしれない。
「水魔法を使ったのは誰だ?」
イズルさんが壇上で声をあげた。しかし、競技場からは誰も手をあげない。
「【風】水魔法を使った者は名乗りを上げよ」
イズルさんは集まっている人たちに声が届くようにもう一度、風に声を乗せて言った。
競技場で輪を描くように燃えていた炎の上に、狙ったように水を出したのだ。
競技場が見える位置にいる人物に間違いない。
だが、待っても誰も自分だと声をあげなかった。
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