旅立ち
「エイルちゃん、ごめんね……」
突然レイナさんから謝られてびっくりする。
「私、国に戻ることにしたの」
「女王様になるんですよね?」
私の言葉にゆっくりとレイナさんが頷いた。言葉遣いを改めないといけないかと一瞬ハッとしたけれど、レイナさんは気にしていないようだ。
レイナさんの視線がまっすぐ私の目を見ている。
「前に、国は捨てたと言っていたけれど……あれは間違いだった。やっぱり、私は、国から逃げただけだった。嫌なこと見たくないこと辛いことから逃げ出しただけ……。今回のことで、逃げていてもなんの解決にならないと知ったわ……」
「あの、でも、逃げてもいいと思います、わ、私もモンスターが現れたら逃げちゃうし……」
魔欠落者だからと蔑まれる場所から私も逃げ出して来た。逃げてもいいんだよね?駄目だと、立ち向かえと言われるのが怖くてモンスターから逃げるという話にすり替えてしまう……。
「そうね……だけど、私は気が付いてしまったのよ。ないことばかりに目を向けている自分に」
あ、それ、私と同じだ。
魔欠落者の私は、魔法が使えないことばかり気にして、私ができることを見なかった。……でも、レイナさんはすべての魔法を人よりも使えるんだよね?
首をかしげると、レイナさんも私が思ったことが分かったのか、ふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。
「私は魔力しか見てもらえないとか、好きな人と結婚できないとか……ないことに苦しんでいたの」
そうなんだ……。
「だけどね、有ることに目を向けたとたん、逃げても解決にならないって思ったのよ。ううん、違う、私にしかできないことがあるのに、皆を助けられるのは私だけかもしれないのに……逃げてちゃ駄目だって」
自分にしかできないこと……。
そうだ。私もないことからあること”収納魔法”に目を向けることで、私でも役に立てるって嬉しくなった。もっと、もっと、色々役に立ちたいって思う。
「私には、人よりも優れた魔力がある。そして、私には何より、権力がある。誰にも文句を言わせないだけの地位がある……。だから、私はそれらを利用して国を変えようと思うの。魔力至上主義は嫌だっていう気持ちはね、私のわがままなのかなって、国を私のわがままで変えてはいけないんじゃないかって……思っていたけれど……」
レイナさんがふっと視線を上げ、村を眺めた。
「こんなに幸せに暮らせるでしょう?魔力至上主義じゃないこの村は……」
「はい。幸せです」
レイナさんの手が伸びて私とルークの頭を撫でた。
「それに、彼の言葉……」
レイナさんが騎士たちに視線を向けた。
「いつ失うか怯えていると……。ああ、そうなんだと思ったの。魔欠落者も、障害を持った人も、年を取って働けなくなった人も、病気の人も……みんなが幸せに生きられる世界。それは、五体立法満足で、若くて健康な人間にも必要な世界なんだって……。だから、きっと、私が作ろうとしている国の形に賛同してくれる人たちがいるはずだって……」
うん。
この村に来るまでに出会った人たちは、魔欠落者だからって差別する人たちばかりじゃなかった。
「もしかしたら、私がこんなに魔力を持って、王族に生まれたのは国を変えるためなんじゃないかって……」
レイナさんはそこまで言ってふふっと笑った。
そして、すぐに表情を引き締めた。
「エイルちゃんごめんね……。私の理想とする国にガルパ王国を変えるために……利用させてほしいの……」
「利用?」
その言葉を聞いて、顔色を買えたのはルークだ。
「エイルをどうするつもりだっ!」
私とレイナさんの間に入ってレイナさんを警戒する。
「村を、守ってほしいの。収納魔法の中にいるモンスターに頼んでほしい。それから、村の人々のための荷運びを手伝ってほしい……。私もファーズもみんなガルパ王国に帰ってしまうから……」
ルークの肩にぽんっと手を載せて、笑った。
「レイナさん、私は村の一員だよね?村のために何かをすることは、村人としては当たり前のことだよ。だから、レイナさんが私を利用するのとは違うよ」
利用されるなんてと怒ることなんてない。逆に嬉しかった。
頼りにされてるんだって思うと……。もう、役立たずの魔欠落じゃないんだって思うと……。
と、思っているのに、レイナさんの表情は硬いままだし、手から感じるのはルークの緊張。
「村のことだけじゃなくて……。エイルちゃんには、ガルパ王国の……」
何を頼まれるのか分からないけれど。でも、これだけは分かる。
「どんな事だとしても、利用されたなんて思わないよ。だって、この村のみんなは家族なんでしょう?私とルークは末っ子で、レイナさんはお姉さんなんだよね?普通は、家族は助け合うものだよね?」
レイナさんが、笑いながら、泣いた。
「ありがとう……そうだね。私は……私にはたくさんの家族がいたんだ……」
ファーズさんがレイナさんの肩を抱いてぽんぽんと慰めるように叩いた。
「ああ、そうだ一人で戦う必要なんてない。みんな家族だ。いくら女王になったってそれは変わらない。あー、まぁ、人前ではちゃんと陛下なり呼ぶけどな」
「え?あ、そうだ。私、ずっとレイナさんって呼んでたけれど、レイナ様……陛下?と……」
ふっと、ルークの肩から力が抜けた。
「僕も……エイルを利用するなんて許せないと思いながら、逆にレイナを利用できるんじゃないかと考えていた……」
「ん?レイナを利用しようとは、またずいぶんとルークも大きく出るなぁ」
ファーズがくくっと楽しそうに笑った。
「お願いがあります。僕に力をください。5年、ガルパ王国で……学ばせてほしい。戦える力を蓄えさせてほしい……」
え?
「ルーク、それって……ルークも村を出るっていうこと?」
「ごめん、エイル。本当はエイルとずっと一緒に居たいけれど……。レイナがそうするように、僕も逃げているばかりじゃダメなんだ……」
そうだ。ルークは命を狙われていた。
ルークが魔欠落者だと知っている追手は、いつか魔欠落者の村まで姿を現すかもしれない。どれほどルークを執拗に追いかけるかはわからないけれど……。
ずっと逃げ続ける人生なんてまっぴらだよね。
次の日、レイナさんとファーズさんは、騎士たちと一緒にガルパ王国に帰るために出発した。
3日後。
レイナさんの戴冠式が無事に終わったことが風魔法で伝えらる。
私とルークは青い狼さんに乗ってガルパ王国へ向けて村を出た。
お読みくださりありがとうございます!
ここまでが第一章(13歳編)となります。
第二章(村の発展編)では収納魔法をバンバン使って、村を発展させていきます。ガルパ王国と往復しながら、レイナさんの改革の手助けもしていきます。
また、青い狼さんとの交流も深めていくはずです。
更新が不定期になるかもしれません。
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