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騎士の苦悩

「これ以上は無理です、諦めましょう!」

 騎士の一人が声をあげた。

「そうです、一人二人の犠牲は仕方がありません」

 他の騎士が言葉を続ける。

 仕方がない?

 人の命を仕方ないで済ませてよいの?

「あなた方を危険にさらしてまで救う価値があるとはとても思えません」

 騎士が私を見た。

 価値?

 価値って、何?

「誰が、その価値を決めるの?」

 私を見た騎士に問いかける。

「人の命の価値の優劣なんて……誰が、誰が決めるの?」

 私は、魔欠落者だ。

 人として出来損ないだとずっと言われてきた。ひどい言葉をかけても、ひどい仕打ちをしても、魔欠落者相手になら誰も止めやしない。

 親に捨てられた魔欠落者、虐待を受けた魔欠落者、売られた魔欠落者……みんな、価値がないから?

 だから、仕方がないの?

 この村も……価値がない人たちの集まりだから……だから……。

「【取出】」

 魔法の呪文が唱えられないように喉を焼いて、縛った男を二人取り出す。

「教えて、この二人には価値があるの?私が、収納魔法の中に入れて安全を確保するだけの価値があるの?」

 意識を失ったままの二人の男は地面に転がっている。そこに、スライム寄ってきた。

「私を殺そうとした、その男……」

 駄目だ。泣くな、私。

「滝の水を止めて村人の命を奪おうとしたその男……」

 泣くな。

 怒りも悲しみも悔しさも虚しさも寂しさも……過去のいろいろな感情が渦巻いて胸からあふれ出そうになる。

 母様の命の価値は、そんなに小さなものだったの?

 違う。私には世界一大切な命だった。

「騎士だから、価値があるの?宰相だから、価値があるの?」

 知らない。

 知らない。

 そんなの、知らないっ!

 誰も、私の言葉を肯定も否定もしない。

 迫りくるモンスターを退治しながら、レイナさんもファーズもシュナイダーさんもルークも……。

 そして、騎士たちも、私の心の叫びを聞いている。

「私にとっては、その二人には何の価値もない」

「ああ、そうだ!王都ならいざしらず、モンスターに囲まれたこの場であいつらには何の価値もない!」

 騎士の一人が突然叫びだした。

「宰相と騎士隊長を愚弄する気か?」

 細い目の騎士がすぐに否定の言葉をあげた。

「生きるか死ぬかのこの場で、戦えもしない人間になんの価値がある?この場では強さこそ価値だ。……馬鹿にしてきた火魔法しか能がないファーズや、その片腕の男のように、あいつらは戦えるのか?」

 濃い茶色の髪の騎士が言葉を続ける。

「うんざりだ、もう、うんざりなんだよっ!なぁ、人の価値ってなんだ?状況次第で簡単に変化するものなのか?」

 うんざり?

 今、髪を振り乱して何かを訴えようとしている騎士は、何にうんざりしているというの?

「5つ上の優しかった兄は、ある日突然家からいなくなった。僕の方が魔力が大きかったから、兄は家に必要ないと養子に出されたと後で知った。それからは、妹や弟が生まれるたびに、恐怖した。僕より魔力が大きかったら、次に家から追い出されるのは僕だとびくびくして過ごしていたんだ」

 何てこと!

 子供を魔力の優劣で必要な子と必要じゃない子に分けるなんて……!

 魔欠落者じゃなくても、親に捨てられる子がいるというの?

 私は、魔欠落者だから辛い思いをしても仕方がないんだと思っていた。だけど違う。魔欠落していなくても辛い思いをしている人はいたんだ……。

 別の騎士も何かを思い出したようにつぶやいた。

「親友は、負傷して足を引きずるようになってすぐに除隊させられた。国のために戦った結果負った傷が原因なのに……。足を引きずる騎士など不要と切り捨てられたんだ……。次は俺の番かもしれない、戦えなくなればすぐに価値の無い人間になってしまうと考えると不安で眠れないことがある……。お前らはそういうことがないのか?なぁ!」

 騎士の言葉に、何人かが目をそらした。

「だけど、ここでは違う。火魔法しか使えないファーズや片腕の射手、彼らを役立たずで価値がないなんて誰も言わない、いや、言うような人間がいたら、お前はそれ以上になんの価値があるのかと!」

 騎士たちが今まで抱えてきた悩みや苦しみなんて分からない。だけど、だけど……。

 私、違うと思う。

 ヤンさんは目が見えないけれど、刺繍が上手。

 でも、刺繍がさせなくなっても、人に教えることができるんじゃないか、だから役に立つって思ったけれど……。

 それも、違うんだって今は分かる。

 だって、私はヤンさんの刺繍の腕に助けられたわけじゃない。

「例え寝たきりで、何もできなかったとしても……それでも……『いい子だね、ありがとう、大好きだよ』って、それだけ言ってくれるなら……、ううん、言葉にしなくても、優しい目を向けてくれるなら、それだけで……私にとっては大切な人だよ。助ける価値のある、助けたい命なの!」

 役にたつとか立たないとか、そんなことだけが人の価値じゃない。ましてや、能力の大小や役職で人の価値が決まってたまるものか。

 地面に転がる宰相だという男……。私にとっては無価値、いいえ、それ以下の存在だ。

 兄がいなくなったと言った騎士も、親友がいなくなったと言った騎士も大きく頷いた。

「そう言ってほしかったんだ、魔力が無くなっても、体が動かなくなっても、それでも、生きていていいんだと!」

 ああ、そうか。

 私は無いゆえに苦しんでいた。

 彼らは、有るがゆえに、無くなるかもしれない未来に不安を抱えていたのか……。有ったものを失う恐怖。

「ふざけるな!魔欠落者に対して死にたくなるような扱いをしていたのは、お前たち五体六法満足な人間だろう?魔力がなくなっても生きていていいと思える世の中を作る努力をしたのか?してもいないくせに、誰かに救いを求めるとか……僕たち、魔欠落者がどれだけ……今までどれだけ……」

 今まで黙っていたルークが怒りを爆発させた。

「……私が……」

 レイナさんの小さな声が聞こえた気がしたが、ファーズさんのせっぱつまった声にかき消される。

「今は言い合っている暇はない。モンスターの数が増えてきた……。エイル……」

 ファーズさんの言葉が、聞こえているはずなのに、理解できない。

「これ以上は進めない。もし、進むならば、別の誰かが犠牲になる……安全な場所へ撤退するしかない」

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