伝説のモンスターの噂を耳にする
荷馬車ごと、荷物を収納する。
「は?馬車はどこに行った?」
驚くおじさんの前に、【取出】で荷馬車を出す。
「まさか、お嬢ちゃんの収納魔法か?こんな大きな荷馬車が入るのか?すごいじゃないか。これなら」
おじさんが期待に満ちた目をした。
私を買った食堂の女将さんもそうだった。
安いときに大量の食糧を買い込んで収納に保管しておけば経費が節約になる。遠くの珍しい食材を仕入れてくることもできる……と。
その結果……ひどく怒らせて、町を追い出されたのだ。
「すごくないです。あの、私……魔欠落者だから、この収納魔法も問題があって……あの、それでも連れて行ってくれますか?」
「ああ、もちろん。こちらこそ助かる。話をしてる場合じゃなかったな」
魔欠落者だと聞いても、おじさんは態度を変えなかった。
火の始末をして、出発の準備を整える。
「【収納】」
荷馬車を収納して、おじさんに手伝ってもらい馬の背に乗る。
ルーク、私、おじさんという順だ。
「じゃぁ行くぞ。途中モンスターを振り払うために片手は剣を持つ。お前たちは、振り落とされないように何とか自力で馬にしがみついていてくれ」
おじさんが、馬の行く手を照らすように光魔法を使う。
木々に光をさえぎられる森は、夕闇の訪れが早い。
ざっざっざと馬がかけていく。
うわー、落ちる、怖い、跳ねる、腰が浮く、みぎゃーっ。
落ちないように必死にしがみついてる。ルークの方が、慣れた感じで馬の動きに合わせて体がリズムを刻んでる。乗ったことあるのかな?
それとも、男の子だから?運動神経の違いなの?
馬は休むことなく駆け、1時間ほどで森を抜けた。そして、少しスピードを落として、そのまま町へ向けて進んでいく。
「はー、本当に助かった。あの森、最近フェンリルが出るって噂だったからな。火を焚いても高位モンスターには効果ないし、恐ろしかったんだよ」
高位モンスター?
「本当?フェンリルって、ドラゴンやケートスと並ぶ3大モンスターの?本当にそんな強いモンスターがこの森に?」
ルークが興奮気味におじさんに尋ねてる。
今、女の子設定なんだから、モンスターに興味津々になりすぎないの。
「噂だがな。そもそもドラゴンやケートスやフェンリルなんて本当に存在するのかどうかも分からない伝説級のモンスターだし……誰かが狼かなんかと見間違えたんじゃないかとは思うけれど」
「狼なら見た」
そういえば、ルークが襲われそうになってたよね?犬じゃなくて狼だったのか。とっさに収納してよかった。
……。あれ?
収納の中には狼と、無数の低級モンスター。スライムや角兎……ああ、牙兎も入れたっけ。一体何匹いるんだろう。
もしかして……そんなところにルークを収納するのって、めちゃめちゃ危険なんじゃない?スライムや角兎だけならまだしも……狼とか……。
うわー、どうしようっ!
いざ、男たちから隠すためといって、収納したらルークが狼に襲われるっ!
……いや、でも、狼だってご飯たべなくちゃ生きていられないよね?収納に入れっぱなしで放置しちゃえば、そのうち死ぬかな?
だめだ、どこかで収納から出して捨てないと。安全な捨て方を考えないと。ついでにモンスターたちも捨てないと……。
「うわー、狼がいたのか。あいつら、1匹じゃぁ対して脅威じゃないが、群れるからなぁ。俺一人で荷物番は無謀だったな……」
ん?群れ?
収納したの群れだっけ?だめだ、意識がぼんやりしてたから覚えてない。
「お、着いた、着いた」
すっかりあたりは暗くなったけれど、街に入ればそこかしに明かりがともっていた。
みんな、当たり前のように光魔法で照らせる範囲を照らしている。明かりを見てホッとする反面、自分が魔欠落者だということを自覚させられて胸の奥がつくんと痛む。
おじさんは、ひときわ明るい建物の前に馬をとめた。
まるで昼間のように照らされているのは、衣類に雑貨に食料と幅広く扱う大きなお店だった。
「おーい、帰ったよ」
お店の奥に声をかけると、20歳くらいの男が転げるように飛び出してきた。
「オーナー、どうしたんですか、今車輪を用意して向かおうと……荷物は置いてきてしまったんですか?え?オーナー、そのかわいい子たちは?」
馬から降ろしてもらっている私たちを見て、男が言葉を切った。
オーナー?この大きなお店は、おじさんのお店なんだ。
「森の中で迷子になっていたんだ」
「……そうですか。子供たちを助けるために、荷物を泣く泣くおいて来たんですね。分かりました!このゴーシュ、すぐに荷物を取りに森に戻ります!」
「待て、ゴーシュ、荷物はいい。それからあの森は狼が出るという噂は本当らしい。今度からもう少し護衛を連れて通った方がいいな」
車輪を抱えて今にも飛び出そうとしていたゴーシュさんをおじさんが止める。
「お、狼ですか?じゃぁ、5人ほど護衛を雇って、明るくなってから荷物を……うう。すいません、オーナー」
突然、ゴーシュさんが泣き出した。
「僕が、予備の車輪を積み忘れたばかりに、大切な荷物を……オーナーも危険にさらしちゃって……魔欠落者の僕を雇ってくれているというのに、役に立てなくて……うわわーん」
魔欠落者?
びっくりして、おじさんの顔を見上げる。
「泣くな、お前が昼間のように店を照らしてくれるおかげで、暗くなってからも安心して営業できるし客も来てくれるんだ。それに、心配しなくても荷物は持って来た」
そう言って、おじさんが私の顔を見て小さくうなずいた。
「【取出】」
どぉーんと、荷をいっぱい積んだ荷馬車が店の前に現れる。
「え?あ?」
泣いていたゴーシュさんが涙をとめて荷馬車をぽかーんと眺めてる。
「この子が運んでくれたんだ。お礼をしたい、何か欲しいものはないか?」
「お、お礼なんて……あの、町まで連れてきてくれたし……」
と、言う私の言葉が「くぅ~」というお腹の鳴る音に遮られた。
「ああ、そうか。お腹が空いているだろう。ゴーシュ、すぐに食べられるものをいくつか持ってきてくれ。食事の準備も頼む」
「はいっ、すぐにっ!」
ゴーシュさんは、車輪を荷馬車に立てかけて店の奥に戻り、すぐに両手いっぱいにパンを抱えてやってきた。
「そんなにたくさん食べられないだろう。くっくっく。ゴーシュさんはよっぽど君たちに感謝して、何かしてあげたいんだな」
おじさんが、ゴーシュさんの抱えるパンの山から一つずつ取って私とルークに手渡してくれた。
じぃっとおじさんとゴーシュさんに見られてる。私とルークは、同時にパンにかぶりついた。
「おいしい……」
と、思わず声が漏れる。それを聞いて、おじさんもゴーシュさんも嬉しそうな顔をした。
「そうだ、残りも収納に入れとくといい」
おじさんが言うと、ゴーシュさんがうんうんと頷いた。
「このパンは、僕が焼いたんだ。あ、火はつけられないけど、それ以外の作業は得意なんだよ。もらって、もらって!」
火がつけられなくても、こんなにおいしいパンが作れるんだ……。
ゴーシュさんの持っているパンを収納させてもらう。ゴーシュさんは笑顔だ。おじさんも、笑顔でパンを食べる私とルークを見ている。
魔欠落者にも、笑顔を向けてくれる人……。魔欠落者でも、笑って過ごせる場所……。
そんなところがあるんだ。私もルークも……笑って生きられる場所がどこかに……。
「で、二人はどこへ行くんだ?もし、その、行き場所がなければ、」
「おい、探すぞ」
おじさんの声が、別の声に遮られ、ハッと、声のした方を見る。