生き証人
『なぜ止める?』
この人たちが死のうが生きようが知ったことではないけれど……。
でも、私のせいで死ぬのはいやだ。
私の目の前で死なれるのもいやだ。
私のせいだと知らない誰かにののしられたくない。
どうでもいい人たちが殺される場面を脳裏に焼き付けるのもやだ。
そういう、自分勝手な理由で、青い狼さんの憎しみを抑えてもらうというのは……青い狼さんにとっては苦痛だろうか。
青い狼さんが苦痛に思うのなら……。止めないけれど……。
なぜという問いに即答できずに黙り込んでいると、ルークが私の前に歩み出た。
ルークは、青ざめて震える騎士たちに向かって口を開いた。
「死にたくないならば、生き証人になればいい」
生き証人?
「国に戻って伝えるのがお前たちの役目だ。レイナやファーズ……そしてこの村の人間を傷つけたらどうなるか。国に、国王に、その馬鹿な宰相や……魔力で人を差別するすべての愚か者に伝えるがいい!」
ああそうか。
みんなが死んでしまえば、青い狼さんのことを誰も知らないままになっちゃうんだ。
また同じようにレイナさんを連れて行こうとする人が現れるかもしれないもんね。
今回みたいに、誰かが危険に晒されるようなことがあるかもしれない。
だったら、生きて国に帰って「レイナさんを傷つけると青い狼さんが黙っちゃいない」って言いふらしてもらった方がいいよね?
ルーク、賢い!
「体はもちろんのこと心を傷つけるようなことをすれば……国が亡ぶ……と。生き証人として死ぬ気で国に訴えるか、ここで今すぐ死ぬか。選べ」
ルークの小さな体。見た目はわずか5歳ほどの子供の体から発っせられた言葉なのに……。
不思議と、とても大きな存在にいわれているような雰囲気があった。
単に、この緊迫した雰囲気の中、すべての人の一つずつの行動が深い意味を持つように感じるのだろうか?
ううん、違う。
さっきの人に命令しなかった宰相の言葉よりも、ルークの言葉の方が重みがある。
「わっ、分かりました!伝えます!わ、私は、生き証人として国に伝えます」
一人がルークの前に平伏した。
「わ、私も、」
宰相を助けようともせず我先にと逃げ出した、剣を持った騎士たちが次々と平伏した。
それを見て、ファーズに剣を奪われた者達も地に伏した。
およそ30名の騎士すべてが、小さなルークの前に頭を垂れた。
不思議な光景だ。
ん?
しがみついていた青い狼さんの毛がぞわりと動いたように感じる。
『来たか……』
来た?何が?
「また、モンスターが増え始めたぞ!」
シュナイダーさんの声に、平伏していた騎士たちが顔を上げた。
「森では滅多に出ないような蛇型の中級モンスターまで現れ始めた」
ファーズさんの息をのむような声に、崖の方に視線を向ける。
距離のあるこの場所からでもはっきり見える、大きな蛇が踊るようにして崖の上から村へと飛び降りていた。
「くっ。何故、滝はあるのにまだモンスターが来るのか……」
レイナさんが舌打ちする。
『我がいるというのに、来るとは……』
あ、そうだ。
いつもなら青い狼さんの気でモンスターは逃げていくんだよね?
なんで、青い狼さんがいるのに、モンスター達はやってくるんだろう?
「あ、あれは!まさか……!」
騎士の一人が、崖の左の方をゆびさした。
そこに姿を現したのは、滝の幅と同じぐらい大きな蛇型モンスター。
いや、蛇ではない。頭には大きなトサカのような形をした角。
そして、体には鱗に覆われた太い足が2本生えている。
「トサカのような角……そして、鳥の足が生えた蛇型モンスター……まさか……」
騎士の一人が立ち上がって崖の上に立つモンスターを見る。
信じられないといった様子で、小刻みに顔を横にふってモンスターを呆然と眺めていた。
「伝説の蛇の王か……名は、バジリスク……」
ルークのつぶやきに、騎士達が怯えるような声を出した。
そして、
「バジリスク……」
レイナさんがゴクリと唾を飲み込んだ。
「滝が止まっただけであれほどのモンスターが来るのはおかしいと思っていたら……。バジリスクから逃げていたのね……。だから、後先考えずに、崖からどんどんと落ちてきた……」
バジリスク、蛇の王?
モンスターのことにはちっとも詳しくないから強さは分からない。
だけれど、大量のモンスターが、バジリスクから逃げるために崖から落ちてきたんだとしたら……。
中位モンスターがおびえて後先考えずに逃げ出すくらいだ。すごく強いモンスターなんだろう。
……でも、バジリスクから必死に逃げたら、その先に青い狼さんがいるなんて……。逃げてきたモンスターさんもずいぶん災難だなぁ。
いや、それとも、バジリスクは青い狼さんよりもずっと強いの?
青い狼さんがくっとおかしそうに喉を鳴らす。
『バジリスクごときが我に近づくとは……』
ん?思っていることまで青い狼さんに伝わったりしないよね?
『くくくっ。代替わりしたのか。前の王は決して我に近づくような真似はしなかったのにな。愚かな若造だ。我に勝てるとでも思ったか』
青い狼さんの毛が揺れている。
今までとは比較にならないくらい気が全身からあふれている。青い狼さんの気を浴びて、肌がピリピリとする。
『食ってやるわ!』
だんっと、青い狼さんの後ろ足が地を蹴った。
その人蹴りで、軽く村長の家よりも高く飛び上がる。そのまま、崖へ向かって風のように駆け出すかと思ったら……。
ドスンと地に降り立ち、立ち止まってぐるりと振り返った。
口の端から、蛇のしっぽが垂れている。
違う……、蛇じゃなくて蛇型の中位モンスターだっけ。
飛び上がったその一つの動作で、中位モンスターをあっさりと仕留めるなんて、やっぱり強い。
ぽたりと、蛇の尾を伝って、地面に血が垂れ落ちる。
蛇の尾をゴクリと飲み込み、青い狼さんが口を開いた。
ご覧いただきありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、とても励みになります。
むしろ、今はそれに励まされて定期更新頑張っている感じです。次回は金曜日になります。