隊長の資格
「大丈夫か!」
次の瞬間、私はファーズに抱えられて、レイナさんの後ろに連れていかれた。
ファーズさんはすぐに向きをかえ、青い狼さんに向けて剣を構える。
「くっ、何故、ここにこんな高位モンスターが……時間を稼ぐしかできないだろう、その間に逃げてくれ!」
人に命じるだけしかできない男とは違う。
敵わないとわかっている相手にも、ファーズさんは立ち向かうんだ。
人を守るために。
「レイナさん、やっぱり、ファーズはいい男だよね」
と、素直な感想を述べる。
「え?エイルは、ファーズみたいなおっさんが好みなの?」
と、ルークが声をあげ、
「そ、そりゃぁ私の好きな人だもん。いい男に決まってる!」
と、レイナがどさくさ紛れに告白を入れ込んだ。
「おまえら、このモンスターを知らないのか?伝説の高位モンスターで、」
と、ファーズさんは緊張感のない私たちに説明するように言葉を発した。
伝説?
高位モンスターって伝説になるくらい珍しいのかな?
『ヌシの敵ではないなら剣を納めよ』
と、青い狼さんが口を開く。
「ヌシ?」
まだ警戒を続けるファーズさんの疑問に、安心させるようにのんびりした口調で答えた。
「私のことです。あの、実は私の収納魔法はちょっと特殊で……彼が住んでるんです。なので、宿主とかそういう関係?」
と、そこまで説明して、見せた方が早いかと【収納】【取出】と呪文を唱えて、青い狼さんを出し入れした。
『そうだ。収納に住むかわりにヌシを守っている』
ファーズさんは、青い狼さんの言葉を聞いて、はぁーーーっと深く息を吐きだし緊張を抜いた。
「あー、よかった。勝ち目なんて全くないし、レイナたちを逃がす時間稼ぎすら難しいと思ってたから……」
ファーズさんが私の敵じゃないと理解して、青い狼さんは尻尾を揺らしはじめた。心なしかソワソワしているようだ。
『ヌシの敵がいないなら、我は食事をしていいか?』
周りを見回す。
滝が復活して、降っているモンスターの数は減っている。だけれど、まだ何百単位ではモンスターが村にあふれている。
ただ、先ほどまでと違うのは、モンスターが進む方向だ。今までは崖から降ってきたモンスターは一目散に森の方へと向かっていた。
今は、どちらへ逃げてよいのか分からず同じ場所をぐるぐるしているモンスターや、何とかして崖を這い上がろうとしているモンスターの姿もある。
青い狼さんから逃げようとしているということかな?
「ありがとう、助けてくれて」
『ふんっ』
お礼を言うと、青い狼さんは鼻だけ鳴らしてすごい速さで駆け出した。駆けまわりながら、次々とモンスターを口に入れている。
はぁ、すごい。
「お前たちは私の指揮下に入れ。異論あるまい?」
ぼんやりと立ち尽くしていたエヴァンスの部下たちにレイナが声をかけた。
エヴァンスは相変わらず気を失ったままだし、たぶん宰相より王族の方が位が上だろうから問題ないんだろう。
「はっ!」
っと、部下たちは姿勢を正して手を額に当てた。
「では、命を下す。村を出るまではファーズを隊長とし、彼の元につくように」
レイナさんの言葉に、一人の男が顔をゆがめた。
「いくらレイナ様の命でも従えません。私は、火魔法しか使えない出来損ないの元で任務に就きたくはありません」
男の言葉に、
「なっ、何をっ!」
レイナさんの頬が怒りで朱に染まった。
「皆もそう思うだろう?」
髪の薄い男が他の騎士の顔を見る。
黙って誰も返事をしない。
「他の者も、ファーズに従うのは嫌だと……そう言うのか?」
レイナさんが問えば、一人がうつむき加減だった顔を上げた。
「恐れながらレイナ様、我々の任務はレイナ様を魔獣の森から王都へと連れ帰ることです。ファーズ護衛騎士隊長は……」
言いにくそうに言葉を切った男の肩を、一番初めに従えないと言った神の薄い男が叩いた。
「はっきり教えてやればいいだろう?魔獣の森へ姫を連れて行った誘拐犯の捕縛に生死は問わないと、陛下がおっしゃっていると。【風】「ファーズを囲め」」
頭の薄い男は、風魔法を使い逃げ出した騎士たちにも同時に命令する。
その場にいた10人ほどの騎士がファーズを囲み、遅れて逃げ出した騎士たちがさらにその周りを囲みだした。
「そうですね、この森にとどまるというのであれば、ファーズの命は助けましょう。さぁ、姫……」
髪の薄い男が手を差し出す。ファーズには、たくさんの剣先が突きつけられていた。
「ファーズ……」
レイナさんは、騎士たちに囲まれたファーズの顔を一瞬だけ見て……髪の薄い男の顔を見睨みつけた。
睨んではいるけれども、その表情には悲しみと諦めが見て取れる。
「ファ、ファーズさんに何かしたら、レイナさんが悲しむ。私、言いましたよね?レイナさんを傷つけただどうなるかわからないと……」
男は、私の言葉に勝ち誇ったような笑みを漏らした。
「ああ、お前を守護するアレだろう。いくら高位モンスターとはいえ、しょせんは獣の形をしたモンスターだな。餌につられてご主人を守るのも忘れてどこかへ行ってしまった」
ぐるりと村を見渡せば、確かにすでに青い狼さんの姿は見えない。
これでは【収納】して【取出】することですぐに目の前に来てもらうことは無理だ。
「お前も薄汚い魔欠落者だろう?収納魔法しか使えない。違うか?だから、風魔法でアレを呼び寄せることもできない」
ポケットに手を入れ、青い狼さんからもらった毛に触れた。
収納から出た青い狼さんとも連絡が取れるかどうかは分からない……。
「敵……」
ぼそりとつぶやく。
「敵がっ!」
今度はもう少し大きな声を出す。
あっ!
何が起きたのか、一瞬分からなかった。
いや、もう意識が飛びそうで理解する暇もなさそうだ。




