【取出】
おかしい。
今までは、魔欠落者は劣った人間だと言われたら、その通りだと感じていた。
でも、今は違う。
「あははは」
笑い続ける私に、怒ったエヴァンスの手が振り上げられる。
「黙れ!」
エヴァンスの手の平が私の頬を打つのと、隊服の男が叫ぶのは同時だった。
「エヴァンス宰相、滝の水が!」
滝の水の量が増えた。
ああ!ルークが駆けつけ、ドミンガさんの魔力が回復したんだ!
「何故だ?……まぁいい。レイナ姫、さぁ、戻りますよ。もし、拒否するのであれば、今度こそ完全に滝を止めます」
レイナさんの腕に伸ばしたエヴァンスの手を叩く。
「何をするっ!私を誰だと思っている!」
「偉そうに命令を下すしかできない無能な存在でしょう?」
これが、怒り。
魔欠落者だと馬鹿にされ続けても感じたことはなかったほどの怒りが、体中を駆け巡っている。
「ねぇ、あなたには何ができるの?何もできないくせにっ!」
「6魔法すべてに優れた私が何もできないだと?」
エヴァンスの顔が真っ赤に染まる。
ああ、私と同じように怒っている。
「だって、そうでしょう?ドミンガさんみたいに、あんな滝があなたの魔法で作れる?ヤンさんのように、世界一美しい刺繍があなたに作れる?それに……あなたは……私を殺すことすらできない」
ついに、エヴァンスは剣の柄に手をかけた。
「馬鹿め!お前を殺すなど造作もない、望むなら、今すぐ殺してやろう!」
「エイルちゃんっ!やめなさいエヴァンス!」
レイナさんが、剣を振り上げたエヴァンスをとめようと腰に手を回す。
そこにあるはずの剣は先ほど血で滑って飛んで行ってしまった。
「やめて!」
レイナさんが、私をかばおうとする手を制止しながら、呪文を唱えた。
「【取出】」
私の目の前に、青い狼のモンスターが姿を現し、エヴァンスの振り上げた剣をかみ砕いた。
「なっ!」
エヴァンスが後ずさり、「おい、お前ら、このモンスターをやっつけろ!」と部下に命令を下す。
「自分で戦おうともしない。本当に、命令しかできないのね……」
馬鹿にしたような目をエヴァンスに向けると、部下の騎士たちの後ろに隠れながら何か騒いでいる。
「わ、わざわざ私の手を汚さなくてもよいと思っただけのこと!何をしている、早くそのモンスターをやっつけないか!」
命令された騎士達は、一歩もその場から動くことができなかった。
私も、殺されることはないとわかっていても立っているのがやっとだ。
それほど青い狼さんは強い気を放っている。
『ヌシの敵はどいつだ?』
大きな首を回して私に狼さんが質問してきた。
「ひーっ!しゃ、しゃべった!高位モンスターだ!」
騎士の一人が悲鳴をあげる。
『我に剣を向ける者は容赦せぬぞ?』
悲鳴をあげた男を青い狼さんが睨みつけた。
カランッ。
剣が地面に投げつけられる。
一人の騎士が剣をおいて逃げ出した。
それを合図に、二人、三人と次々に騎士が逃げていく。
「お、お前ら、命令に逆らうのか!モンスターをやっつけろと!」
まだなんとか残っていた騎士をエヴァンスが叱り付ける。
「で、ですが、狼に酷似した姿の高位モンスターといえば……」
がたがたを震える唇で声を出す騎士。
その言葉に、まさかと、小さくつぶやいてエヴァンスも震え出した。
「そ、そんなはずはない……いいから、やっつけろ!」
『お前が、敵のリーダーか?我も舐められたものよ。お前ごときが我を倒せるとでも思っているのか?』
青い狼さんが、息が拭きかかるくらい近くまで顔を寄せると、エヴァンスは腰を抜かしてしまった。
「た、た、たすけてくれー!」
ふるふると頭を小刻みに横に降って助けを請い出したエヴァンスの元へと歩み寄る。
青い狼さんの顔にそっと手を添え、地べたに座り込んだエヴァンスを見下ろす。
「ほら、あなたは私を殺すこともできないと言ったでしょう?それなのに、あなたは私を劣った存在だと言うのね?」
そういうと、エヴァンスは私の靴を舐められるほど低く頭を下げた。
「いいえ、私が間違っていました、あなたは優秀です。他のクズ達と同じ扱いをしてすいませんでした」
私が優秀なのではない。
私は特別じゃない。
他の人はクズじゃない。
なぜ、この人は優劣でしか人を分けられないのだろうか。
「私の大切な人たちをクズ呼ばわりする人とは、とても仲良くなれそうにないです……」
ヤンさんは人のいいところを見ようと言った。
だけど、目の前で青ざめて許しをこうこの男のいいところを私には見つけられない……。
村の人たちに危険に晒し、魔欠落者は人間じゃないから死んでも構わないと言ったこの男が……。
「あ、ああ、ああ、悪かった、悪かったよ、そうだ、宝石も金もなんでも欲しいものをやる、だから助けてくれっ!」
「そういえば、あなたが言ったのよね?この村は悪魔の村だと」
エヴァンスが顔をあげて私の顔を見た。
絶望の色が浮かんでいる。
「だけど、私は悪魔じゃない。悪魔のようなあなたとは違う……。いくら自分より劣っているからと……憎いからと……死ねばいいなんて思わない」
私の言葉に、エヴァンスがほっとした顔を見せる。
「だけど、もし、レイナさんをこれ以上傷つけるというのなら、どうなるかはわからない」
私の言葉が終わると、タイミング良く青い狼さんが、グルッと短く喉を鳴らして大きな牙をエヴァンスに見せつけた。
エヴァンスはあまりの恐怖に意識を失ってしまった。
いつもご覧いただきありがとうございます。
無事に?やっと?フェンリルさん(まだエイルは名前を知らない)出すことができました。
文字数も10万文字を超えました。
更新ペースが落ちます。申し訳ありません。週に2度、火、金を予定しております。
今後ともよろしくお願いいたします。次回7日予定です。