悪魔
イズルさんと同じ青い隊服に、金の房や赤いリボンのついたメダルなどゴテゴテと装飾をつけている。
「エヴァンス……どうして、ここへ」
レイナさんが知っている人間のようだ。
「少々お遊びからお帰りになるのが遅いようですから、姫をお迎えに来たのですよ」
エヴァンスと呼ばれた男は、レイナの手を取った。
すぐに、レイナはその手を振り払う。
「エヴァンス宰相、我々は何をすればよろしいですか?」
気が付けば、イズルさんと形は同じだけれど色が薄い隊服に身を包んだ騎士たちが、30名ほどいた。
「私達の会話の邪魔になるモンスターを排除しろ」
はっと、短い返事を返し、騎士たちは村長の家に近づくモンスターたちを倒し始めた。
……助かった?
私がほっとして息を吐いたのとは逆に、レイナさんは緊張してこわばった表情をしている。
「エヴァンス……宰相?どういうこと?宰相は、あなたの父親でしょう?」
「父は引退して、私が後を継いだのですよ。女王となり国を統べることになる姫の補佐役として、夫が宰相となる、理想てきでしょう?」
あ、もしかしてこのエヴァンスという人が、レイナさんが結婚したくなくて逃げてきた相手?
顔は馬とナメクジを混ぜたような印象をうける。美形ではないにしろ、決して目をそらすような悪い容姿ではないけれど……。
目つきや表情に底知れぬ気持ち悪さがある。
「私はあなたとは結婚する気はありませんっ!父にもそう伝えました!」
「ふっ、そうわがままを言うものではありませんよ?あなたと並び立つような魔法の持ち主は、私をおいて他にはいないでしょう?魔法の強い者同士が結婚し、さらに魔法の強い子をなす」
エヴァンスの手が、レイナさんの腕を再びつかんだ。
振り払おうとする仕草をレイナさんが見せるが、先ほどとは違いエヴァンスの手が力づくでレイナさんの動きを封じているようだ。
「女王となるあなたに、唯一期待されていることが、次代の優秀な王を産むことですよ。それを放棄する気ですか?さぁ、帰りましょう。すでに結婚式の準備は整っていますよ」
レイナさんの表情が凍り付いている。
何をどう努力しても、魔法の強い姫としか思われないと……そう言っていた。
魔法の強い次代の王を産むことしか期待されていない?
「レイナさんは……子供を産むための道具じゃない……」
レイナさんの手をぎゅっと握って、エヴァンスを睨みつける。
国を捨てたって言っていたけれど、ルークと真剣にどうすれば国をよくすることができるのかって考えてた。
優しくて、姫だということを鼻にかけるようなこともなくて……。
今だって、すぐにみんなの指示を出したり、自分が率先して前線に出て皆を守ったり……。
剣の練習をどれだけしたのだろう。国のために、どれだけ勉強したのだろう。
それなのに、タダの子供を産むための道具なんて……。
「レイナさんのいいところが分からないあなたは、レイナさんにはふさわしくない」
逃げ出した気持ちが分かる。
「なんだこの子供は」
エヴァンスの目が私に向けられた。
「ふーん、綺麗な顔してるじゃないか。今の無礼な発言を誤れば、レイナ姫と一緒に私の屋敷に連れて行ってやるぞ?数年後に妾にしてやろう。魔法の高い私の子が産めるんだ、嬉しいだろう?」
嬉しいわけない!
この村に来てからのことをいろいろと思い出す。
魔法は、あれば便利な程度の力だ。
無くたって困らない方法がある。
「行かない。それに、レイナさんも連れて行かせない!」
レイナさんの腕に腕を絡ませてぎゅっと体を寄せる。
「ふっ」
エヴァンスが口元を歪めた。
「どこへ行く気だ?もう、この村をモンスターから守る滝はない」
その言葉に、凍り付いたように動きをとめていたレイナさんに血の気が戻った。
「まさか、エヴァンス、お前が何かしたのか!」
強くつかまれていたエヴァンスの腕を、ひねるようにして振り払った。
「ふっ。滝に流れ込む水の流れを変えただけですよ。おや?水の量は減っているが、まだ滝が残っているようですね」
エヴァンスが崖に目を向けた。
今流れている水は、ドミンガさんが水魔法で出しているものだ。
滝の水は完全に止められてしまった。
「お前が滝を……なんてひどいことを!」
レイナさんの顔がゆがんだ。
私も、今、目の前にいる男が何を言っているのか理解できない。
紫色の顔をして息が止まっていたヤンさんの姿や、痛い痛いと弱い声を出していた腹から血を流していた子供の姿……。
好きな人に危険なお願いをするしかなかったリーアさんに、今も恐怖に身を震わせている多くの村人たち……。
「ひどい?感謝してほしいくらいですよ。こんな悪魔にとりつかれた魔欠落者の村、同情心からかお優しい姫は見捨てられなかったでしょう?なくなってしまえば、もう何も気にしなくてすむ」
「わ、私がここにいたせいで……皆を……」
エヴァンスの言葉に、レイナさんの肩が震えた。
違う。
違う、違う!
「魔欠落者は悪魔とは関係ないっ!悪魔は……悪魔は……」
レイナさんの腕を放して背にレイナさんをかばう。
もちろん、子供の私の背にレイナさんが隠れてしまうわけではないけれど……。レイナさんの心が壊れそうだと感じて、守りたかった。
「あなたみたいに、たくさんの人の命を奪い、傷つけても平気な人を悪魔みたいな人って言うんでしょ?それとも、ガルパ王国では違うんですか?」
宰相だろうがなんだろうが関係ない。不敬罪だというならそう言えばいい。
人として敬えないのに、不敬もなにもないよ。
「ははははっ、お前はユーリオル王国出身か?知らないなら、教えてやろう。ガルパ王国では、魔欠落者は人となど認められていない。だから、こんな村がどうなろうと、人よりも劣った生き物がどうなろうと、私の知ったことではない」
……。
魔欠落者が、人よりも劣った生き物?
人ではない?
「ふっ、ふふふふっ」
思わず笑いが漏れた。
「何がおかしい、子供だからといって、容赦しないぞ!」
「何もできないくせに……魔欠落者を馬鹿にするあなたがおかしくて……」