魔力切れ
ファーズさんはそう言うと、布をスリングのように結んで体の前にし、ルークをそこにのせた。
謝ったのは赤ちゃん扱いして悪いってことだね……。
「しっかり捕まっていてくれ、超特急だ」
緊急事態ということもあり、体力のないルークは文句は言わなかった。
もう、崖の滝は先ほどまでの四分の一ほどの幅しかない。
「イズルに5分堪えろと声を!」
頷いたリーアさんが呪文を唱える。
「【風】滝のところへ声を届けて「今ファーズさんとルークが向かった。イズルさんとドミンガは5分そこでなんとか耐えて欲しいそうです」」
すぐに声が戻ってくる。
「5分っ、いくらなんでも無理だ。すごい数のモンスターが」
もし、二人が戻ってきたらルークとファーズさんが向かったことが無駄になる。
……ルークが自分の秘密を暴露したことが……。ごめんなさい、私、二人には辛いことを口にする。
「リーアさん、ルークの回復魔法は死んでいなければなんでも治せます。私も、死にかかっている頭の怪我を直してもらいました」
リーアさんはぎゅっと唇を引き締めた。
好きな人に、命さえあれば怪我をしてでも頑張れなんてそんなこと言いたい人がいるわけがない。
「【風】「魔力を回復できる特殊な回復魔法が使える、魔欠落者のルークをファーズさんが連れて行きます」」
リーアさんが感情を殺した声で声を届ける。
「了解」
イズルさんからの返事を、両手をきつく結んで震える手でリーアさんは受け取った。
「私……知ってる。ドミンガは本当は魔欠落してることを気にしてるって。だから、唯一使える水魔法がみんなの役にたつのが何よりも……何よりも嬉しいんだって……」
リーアさんの目からは涙がはらはらとこぼれている。
いくら死ななくても痛いだろう。ルークたちが到着するまでに……万が一のこともないわけじゃないはずだ。
窓から崖を見れば、すでに滝が止まっていた。そして、再び落ちてくるモンスターの数が増えている。
「エイル、すまない、ファーズが抜けた穴をカバーするため移動したい。外に出られるか?」
そうか。ファーズさんとレイナさんとシュナイダーさんの3人で村長の家を守っていたのに、ファーズさんが抜けたんだ。
すぐに村長の家の外に出る。
「俺のすぐ横に。一番危険が少ない」
シュナイダーさんに言われるままに、すぐに弓を射る邪魔にならない横に立つ。
視界には矢に倒れたモンスターを入れる。
「【収納】【取出】」
シュナイダーさんの射る矢が途切れないよう、襲ってくるモンスターに恐怖して目をつぶらないように矢の回収を続ける。
「おかしいわね……」
レイナさんが剣と魔法でシュナイダーさんがうち漏らした中級モンスターを倒しながら話かけてきた。
「おかしい?何が?」
「いくら滝がなくなったからって、あんなに大量のモンスターが崖を降ってくるかしら?」
レイナさんの言葉に、シュナイダーさんが、矢を放ちながら答える。
「そういえばそうだな。崖のない方向からのモンスターはほとんど来ていない。いくらアネクモの糸が張られているからって、小さなモンスターならすぐに潜り抜けてやってきそうなものだ」
確かに、言われてみれば別の方向から来たモンスターの姿もちらほらあるけれど、崖からやってくるモンスターの何十分の一もいない。
「それに、あの高い崖を飛び降りては、モンスターも無傷ではいられないのに、なぜ次々に飛び降りてくるのかしら」
「必死に逃げている……のか?山火事でもあったのか……それで大木が倒れるかなにかあって、川がふさがれ滝に水が流れてこないか……」
山火事?
それにしては、崖の向こうに煙は見えない。角度の問題なのか、ずっと遠くなのか。
それとも、モンスターばかりで獣が逃げてきていないから、まだそれほど炎が大きいわけではないのだろうか。
モンスターは火が苦手なものが多い。森の中で野宿するにはモンスターを避けるために火を焚くし……。獣より火に敏感なのかな?
レイナさんとシュナイダーさんの会話はそこで途切れた。
「正念場だっ!」
レイナさんが声を上げ、再び増えたモンスターに切りかかる。
「【収納】【取出】」
私はただ、目をしっかり見開き矢を回収するだけ。
いつまで、これが続くのかと思った矢先に、シュナイダーさんが悲痛な声をあげた。
「やばい、魔力が切れそうだ!ルークに回復してもらえばよかった」
「そう言えば、私もそろそろまずいかも。【風】ファーズとルークに「私とシュナイダーの魔力切れが近い、すまないがドミンガの魔力を回復させたらすぐに戻ってくれ」」
レイナさんが風魔法を使うのと、シュナイダーさんの矢が的となったモンスターを外すのはほぼ同時だった。
「切れたな……。後は、魔法の力は頼れない……」
と言いながらもシュナイダーさんは矢を放ち続ける。
風魔法の力がなくなったため、命中率は半分ほどに下がった。
素早く動く中級モンスター相手に、半分の命中率というのもすごい。だが、これだけ数がいると、残り半分がやっかいだ。
レイナさんがうち漏らしのモンスターの相手を一手に引き受けねいといけない。ただでさえも残りの魔力の関係で思うように魔法が使えないのに、数が増えたとなると……。
「くっ!」
レイナさんの腕を、角兎がかすめた。
しゅっと服が裂け鮮血が散る。
「【回復】」
すぐに回復魔法で傷を治して、再びレイナさんが剣を振った。
が、先ほどの傷から流れた血で滑ったのか、勢いよく振った剣が飛んで行ってしまった。
あ!
剣を収納してレイナさんの元に取出しなくちゃと、呪文を唱えようとしたけれど……。
レイナさんに向かって、2匹の牙兎が向かっているのが見えた。剣より先に、モンスターを収納して助けないと!
もう、隠すとか隠さないとかそんなことで悩んでいる場合じゃない。
きっと、この村の人なら、私の収納魔法が少し特異だからって……馬鹿にすることも利用することもしやしない……。
そうだよね、母様……人を信じてもいいんだよね?父親みたいな、食堂の女将さんみたいな、私を娼館に売ろうとした男のような……そんな人間ばかりじゃない。
「【収……」
レイナさんを助けようと、モンスターに対して呪文を唱えようとしたその時、一足先に呪文が響いた。
「【火】剣」
炎をまとった剣が、レイナさんを襲おうとしたモンスターを切り倒す。
ファーズさんが戻ってきた!助かった!と思ったら、その剣の持ち主は全く知らない顔だった。
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