悪魔と神と人間と
「体力をつけるには、どうすればいい……ファーズ、教えて」
ルークの言葉に、ファーズの表情は緩んだ。
「ああ、焦らないことだ。じれったいかもしれないが、日々の積み重ねが大事だかな。体力をつけるには、良く食べて、良く寝て、走ればいい」
「そうだぞ。良く食べることが大事だ」
イズルさんにファーズさんがあきれた視線を向ける。
「お前は食べすぎだ!」
「えーっ!」
あははと笑いがおきる。
「じゃぁ、僕、走ってくる」
駆け出したルークの後を追う。
「待って、私も」
村を半周くらいしたところでルークの体力が尽き、そこから二人で並んで歩く。
「びっくりした……」
しばらく黙っていたルークが静かに話出した。
「回復魔法が邪魔になることがあるなんて……」
「邪魔ではない……と思うよ。ただ、時には必要がないだけでしょう?」
そういえば、風魔法は味気ないとレイナさんは言っていた。ヤンさんは視力を失って得たものがあると言っていた。
「必要なものは……本当は少ししかないのかも……。あれば便利だけれど、無くてはならないほど必要じゃない……」
平均的な魔法であれば……。
火打石がある。川がある。油灯りがある。大声がある。ポケットがある。自然治癒能力がある。
「無くてもいいようなものが欠落してるために、僕はあんな扱いを受けていたというのか……」
ルークが反吐が出るといったような表情を見せた。誰に対しての感情だろうか。
「無いものじゃなくて、有るものに目を向けるとまた違うかもしれない。レイナさんが言っていた。はるか昔に、すごい力を持った魔欠落者が何かしたからかもしれないって」
「なるほど。あんな扱いを受け続けていたら、中には人を火魔法で焼いてしまった人もいるかもな。だが、五体六法満足な人間だって、殺すじゃないか。それなのに魔欠落者だけ何かをすれば途端に悪魔扱いになるのか……」
ルークが悔しそうに唇をかんだ。
「違うよ、違う。干ばつで水をもたらしたとか、誰にも治せない病気を治したとか……神様みたいなことをしたのかもって。神殿が自分たちの威光を守るために、自分たち以上の力を持つ者が邪魔だったから悪魔って言いだしたのかもって……」
「神……か……」
ルークの目が、目の前にある何も映していないように見えて、とっさに手を握る。
「人間だよ、私達……。食べなくちゃ生きていけない……ただの人間。少しだけ得意なことがあって、苦手なこともある……そうでしょ?」
握った手を引っ張ぱり、意識を私に向ける。
「あ、ああ……食べないと生きていけないし、老いて死ぬ人間……」
「そうだよ。こうして手をつないで歩けるのは人間だからだよ。ね?」
神様がどういうものなのか分からないけれど、私が手をつないで歩けるような存在ではないはずだ。
ルークが力強く私の手を握り返してくれた。うん、大丈夫。ルークの心は戻ってきたみたい。
「あっ、そうだ。ついでにちょっと寄ってっていいかな?」
すぐ先に、崖の割れ目が見えた。
「ご飯取ってこないと」
「ご飯?朝食なら、村長の家にパンが運ばれてくるって言ってたよ?」
ふふっ。
「違うよ、青い狼さんのご飯。モンスターがご飯なんだよ。あそこに溜まったスライムをあげるんだ」
「え?青い狼って、収納したあの高位モンスターだよね?」
ルークがどういうことっていう顔したけれど、説明はあとにして先に収納しちゃおうと、割れ目に目を向ける。
「あっ!」
「うわぁ、すごい数のモンスターだね……」
ルークも割れ目を見て声をあげた。
昨日はいなかった双角兎や牙猪なんかの中位モンスターの姿もある。スライムなどの低位モンスターにいたっては昨日の3倍はいる。
「崖の上にいるモンスターがうっかり落っこちるにしては、すごい数だね」
「昨日はもっと少なかったんだけど……今日は大量だね」
青い狼さん、喜んでくれるかな?
青い狼さんの毛に触れる。
「スライムまとめて【収納】、双角兎【収納】、牙猪【収納】」
『こりゃいい。ご馳走だ。だが、危険な場所に行くなよ』
「大丈夫です。心配してくれてありがとう」
『我は心配などしておらぬ。ヌシの身に何かあれば我が困るからな』
理由はなんであれ、心配してもらえるのは嬉しい。
「エイル?どうしたの、突然?」
ルークが首をかしげる。あれ?もしかして、青い狼さんの声は毛に触れている私にしか聞こえないのかな?
「えっとね、昨日実は青い狼さんと話をしたんだよ。それで、ルークが収納の中に入って」
と、説明を始めようとしたところで
「エイルちゃん、ルークちゃん、ごはんだよー、戻っておいで~」
と、レイナさんの声が風魔法で届いた。
「ルーク……ちゃん……?僕、本当は男だって言ったよね?」
あははは。
男の子だって、まだ5歳くらいにしか見えないし、ルークのように天使みたいに可愛かったらちゃん付けで呼びたくなるよ。……とは思ったけど、強くなろうとしているルークの気持ちを考えると言えない。
「あー、イズル、それはエイルちゃんたちだからっ!」
「エイル、急ごう。お腹ペコペコ」
ルークが駆けだした。
「待って!」
まだ話が途中だよ。青い狼とか私の収納魔法のことはほかの人がいたら話せないのに……。ああ、それにレイナさんが言っていた「魔欠落者の村」っていう言葉のことも話たいし……。
「競争しようっ!」
悪魔だとか神様だとかの話をしていたときとは違う、楽しそうな顔をルークが見せるから……。話は、また後でいいか。
「ルーク、負けないよ?私の方がお姉さんだからね!」
ルークの後を追って駆け出した。
私たちの後ろの割れ目に、モンスターが次々と落ちてくる音を聞きながら。
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