ルークの焦り
朝起きると、すでにルークたち男性陣の姿は家の中になかった。
「まだまだ!」
ルークの声が外から聞こえる。まだ寝息を立てているレイナさんを起こさないように、外へ出る。
すぐそこでルークがファーズさんイズルさんと並んで木刀を素振りしていた。
「ああ、エイル、おはよう。よく眠れたか?」
ファーズさんが、私に気が付くと手をとめた。
「はい。ありがとうございます。あの、スイマセン、寝過ごしました」
朝食の準備を手伝ったり、色々しようと思っていたのに……。大量の汗をかいているところから考えると、ずいぶん前から剣の練習をしていたようだ。
「いや、十分早起きだよ。レイナはまだ寝てるだろう?俺たちは隊の早朝訓練で日の出とともに時目が覚めるように体が慣らされてるからな」
日の出?太陽の位置からすれば、すでに1刻以上はゆうに経過している。
「さぁ、そろそろ終わるか」
ファーズさんが声をかけると、ルークが素振りを続けながら答えた。
「まだ、大丈夫だよ!」
「はは、まぁ回復魔法で疲労をとばしちまえば確かに永遠に続けられそうだがな」
ああ、そうか。ルークの回復魔法なら、疲労程度何度でも回復できるだろう。
「そう焦るな」
ファーズさんが、ルークが力いっぱい振った木刀を手で軽く受け止めた。
「っつ」
ルークの顔が悔しそうにゆがむ。
「僕は、一刻も早く強くなりたいんだっ!」
「だからこそ、無理はするな」
ファーズが受け止めた木刀をひねるようにしてルークの手から取り上げた。
「無理なんてしてない!」
「まずは基礎固めだ。体力をつけるところから始めないとな」
木刀を片づけに去るファーズさんの背をルークが睨みつけている。
「体力なんて……」
疲労を感じてもすぐに回復できるルークには体力づくりはまどろっこしいのだろう。
「あのな、昔、早く筋肉をつけたくて回復魔法を繰り返し使って1日中トレーニングしたことがあったんだ。自分の回復魔法だけじゃ足りなかったから、友達皆に協力してもらって」
イズルさんの姿を見る。背が高くて分厚い筋肉に全身おおわれている。
「それで、どうなったと思う?」
目の前のイズルさんの肉体を見るかぎり、回復魔法を使ってのトレーニングに効果はあったんじゃないかな?
だったら、ルークも喜んで真似するだろう。なんせ、ルークは友達に回復魔法を頼まなくても自分でできるのだし。
「痩せた」
「え?痩せた?もしかして、イズルさんは昔は太っていたんですか?」
意外な答えに、驚いて声をあげる。
イズルさんは首を横にふった。
「騎士養成訓練校に入ってからのことだ。太っていては入学できないさ。そこそこ鍛えた体だった。それが、訓練をすればするだけ痩せたんだよ。筋肉が付くどころか、筋肉までそげおちてしまった」
イズルさんがはぁーと大きなため息をついて、思い出話を続ける。
「訓練量と食事量が見合わなかったんだろうな。回復魔法で疲労回復はしても、食事を補えるわけではない。怪我や病気じゃなくても、食べなきゃ死ぬだろ?」
回復魔法で死期は伸ばせても、確かに食べなければ死ぬ。ふと、ラァラさんの娘さんのことが頭をよぎった。食べ物どころか、水が飲めなくても人は死んでしまう……。
「じゃぁ、たくさん食べれば……」
ルークが答えとばかりに口を開く。
「と、思うだろう?それが、食べられないんだ。食べたいと思わない。無理に食べても吐いてしまう。体が、食べ物を受け付けないんだ……。それは回復魔法ではどうしようもなかった。なんだろうな。食べ物を食べて胃の中で処理できる量が決まっているのかな……」
処理できる量?
「とにかくだ、回復魔法で疲労は感じないからって、無理な訓練を続けても体を壊すだけなんだよ。体が成長できる限界というのがあるみたいだからな。わかったか?」
成長の限界、それなら何となく分かる。いくら身長を伸ばしたいからとたくさん食べても早く伸びることはない。13歳の私は、努力してもまだ8歳9歳にしか見えない姿だし……。
ルークもイズルさんの言葉を理解できたようで、悔しそうな顔で下を向いてしまった。
早く強くなりたい、だから無理でもなんでも方法があれば続けたかったんだろう。だけど、無理して続けても成長できないと言われたらどうしようもない。
「で、俺が長年かけて知り得た一番成長の早い方法を教えてやろう」
イズルさんが、腕の筋肉をふんっと盛り上げてルークに見せた。
おお、そんな方法があるんだ。
ルークの顔が期待に満ちてパッと輝く。
「まずな、トレーニングするんだ。回復魔法を使わずに、疲れた、しんどい、もうダメだ、限界だっていうところまで。いいか、疲れたからってすぐに回復魔法をつかっちゃだめだ。ここが一番難しい」
……。得にルークには難しいかもなぁ。
私なんて、いくら疲れたからって、回復魔法が使えなかったから頑張るしかなかったもん。他にも、魔力の量が少なかったり、回復魔法が得意じゃなかったりする人は、疲れた状態は知っているだろうけど。
ルークみたいにとびぬけた回復魔法の使い手だと、疲れて苦しむよりもさっさと回復魔法を使っていたんじゃないだろうか?
「それで、一度だけ回復魔法で疲労を回復する。で、軽くトレーニングをして終了だ」
「それだけ?」
ルークが呆気に取られた顔をする。
「ああ、そうだ。どうもな、限界だって思う少し先の量が、成長にはいいみたいなんだよ。で、その限界を伸ばすのがファーズの言っていた基礎練習。体力作りとかだな。分かるか?10分で限界が来るようでは練習は10分と少ししかできない。1時間体力が持てば、1時間と少し練習ができる」
ルークが素直に頷いた。基礎体力の大切さに納得できたようだ。
「ああ、それから、回復魔法無しで練習するなら、限界を感じたら休憩して、動けるようになったら練習して、また休憩するを繰り返せばいい……回復魔法に頼るよりよっぽど効果があるぞ」
イズルさんの言葉に、ルークが目を見開く。
「おーい、続けるぞ」
ファーズさんが木刀の変わりに模造剣を手に戻ってきた。1本をイズルさんに渡し、すぐにもう1本で構えた。
「教えて……」
ルークが小さな声でファーズさんに話しかける。
「ん?お前はもうおしまいだと言っただろう?」




