水魔法が使えないので、川の水を求める
「さぁ、ルーク、まずは川を探しましょう」
「川?」
手をつないで歩きだす。
「そう、母様が教えてくれたの。川には水が流れているって。水魔法が使えなくても、水が手にはいるって」
「え?水魔法が使えなくても、水があるの?」
ルークが驚いた声をあげる。
「私も、母様に聞いてびっくりしたのよ。川の他にも、池とか湖とか海とか、水があるところはたくさんあるんですって。雨が降るでしょう?雨の水が流れていくのが川なんだって」
「水魔法が使えなくても、水は手に入る……。僕たち、生きていける……」
生きていくことはそう簡単なことじゃないけれど……。ルークの嬉しそうな声に頷いて見せた。
「あっ!」
ルークが何かに反応して私をかばうように前に出て木の棒を構える。
それと同時に草むらからぴょーんとスライムが飛び出して来た。
「【収納】」
スライムを収納魔法で消し去り、ルークの手を握りなおす。
「大丈夫よ、モンスターは私が収納するから」
「ありがとう……でも、僕、男の子……」
男の子は女の子を守るんだぞって教えられて育ったのかな?
「私の方がお姉さんだから」
「エイルと僕、同じくらい。9歳」
「9歳?私が9歳に見えるってこと?それとも、ルークが9歳なの?」
「僕、9歳」
驚いてルークの顔を見る。
5歳くらいにしか見えないのに、9歳だったなんて……。そうか。一人で逃げられたのも9歳だったからなのか。
ルークは、驚いた私の顔を見て悔しそうな表情をする。
「わかってる。僕、9歳には見えない」
「ううん、違うの。驚いたのは、同じなんだと思って。私も9歳に見えても、もう13歳なのよ」
「え?エイルお姉さん、13歳?」
今度はルークが驚いた顔をしている。
歩きだしてどれくらいたっただろうか。
ふと、空気が変わったのを感じて足を止める。湿度が上がったような、水のにおいがするような気がしたのだ。
そうして耳をすませば……。
「エイル、あっちから何か音。行こう!」
ルークに手を引かれて、木々をかき分けて5分ほど進むと、木々の切れ目から水の流れを見つけた。
「水!あんなにたくさん!あれが、川?」
知らず知らずの内に、二人で駆け出していた。
ルークが、顔を水に突っ込むようにして水を飲む。
ああ、そんなに喉が渇いてたんだね。
私も、水を飲もうと身を乗り出すと、揺れる水に映った顔にギョッとする。
痛みがないから忘れていたけれど……、頭から血を流したんだ。顔半分、髪の毛も、首筋も、固まった血がこべりついてる。
洗わなくちゃ……。
でも、それより先に、やっぱり喉が渇いた。両手ですくって水を飲む。おいしい。
「エイル、おいしいね!」
川から顔を上げたルークの顔は水浸しだった。前髪からぽたぽたとしずくが落ちる。
「ふふ、そうね。おいしい。【取出】」
収納からハンカチを取り出してルークの顔を拭く。身の回りの物やお気に入りの物がいろいろと収納には入れてある。
「ちょっと待っててね、ルーク。血を洗うから」
手桶と石鹸を取り出し、顔と頭を洗う。ハンカチを水に浸して、首筋を拭いていく。
それから、よいしょっと。着ていたワンピースを脱いで、桶に突っ込む。洗濯だ。
「エッ、エイルっ!」
悲鳴のような声をルークが上げた。
「そんな恰好、だめ!火魔法、使えないから、服を乾かせない!」
そんな恰好?
袖の無い生成りのシャツに、膝までのズボン。普通の下着姿だ。
「大丈夫、着替えは持ってるから。洗った服は収納に入れておけばそのうち渇くと思うし……」
「え?」
「なんかね、私の収納って、出来損ないで、状態維持とか時間停止とかの効果がないみたいなの……。だから、濡れたまま収納しても、時間がたてば渇くと思う」
血の汚れは完全には落ちなかったけれど、もともと茶色のワンピースだからそれほど汚れも目立たない。ぎゅっと絞って【収納】。
それから、着替えを【取出】。
「あ、そうだ……。もう一つ。【取出】」
もう着れないけれど、小さいころにお気に入りだった紺のワンピース。手首と裾に花模様の刺繍を母様がしてくれたんだ。
それを、ルークの頭からかぶせる。
「エイル、何?」
手を通して、ボタンを留める。
「うん、ちょうどいいサイズね」
サイズがちょうどいいだけじゃなくて、似合う!めっちゃ可愛い。天使ちゃんだ。
「な、なんで?これ、ワンピース……、女の子の服……」
「男たちが探しているのは、5歳くらいの男の子でしょ?女の子の恰好すれば、少しはごまかせるんじゃないかと思って……」
と言えば、ルークは不満げな顔をしつつも納得したのか、おとなしくなった。
そして、私もワンピースに袖を通す。初めて自分で刺繍をしたワンピースだ。母様に教えてもらいながら、花の模様を手首と裾に散らした。
「ほら、お揃いよ。これで姉妹に見えないかなぁ?えっと、5歳と9歳の姉妹っていうことで旅をしましょう?」
「お揃い……姉妹……」
ルークがブツブツと言っている。
やっぱり、姉妹は無理があるかなぁ。
ルークはとってもきれいな金髪に、白い肌、大きな目に長いまつ毛。本当に天使みたいに可愛いもの。
それに比べて私は、くすんだ灰色の髪。一度だって、誰かに可愛いなんて言われたことがない。
「ごめん、ルーク。私みたいな可愛くない子と姉妹なんて、迷惑だったね……」
「何言ってるの?エイルは綺麗!上品で綺麗な顔してる!迷惑なんかじゃないよ……」
え?綺麗?
母様の顔が思い浮かんだ。切れ長で涼しげな眼。すぅっと通った鼻筋に、上品な小さな口元。綺麗な母様に、もしかして私は少しは似てる?
だとしたら……嬉しい。この、くすんだ灰色の髪は父親の物だけど、他が母様に似ているなら……。
「ルーク、大好きっ!」
嬉しさのあまり、ルークに抱き着く。
可愛いなんて言われなくたって、綺麗だって言ってもらえて、それがお世辞でも……それでも嬉しいっ!
母様に似てるかもしれないってそう思わせてもらえただけで……感謝。
「エッ、エイル……」
焦った声に、手を放す。
「ごめん……苦しかった?」
「そうじゃない、けど、……」
ルークがぷいっとそっぽを向いた。
あー、女の子の恰好させられて、まだ拗ねてるのかなぁ……。でも、いいアイデアだと思うんだよね。私達二人の姿を見た人がさ「この辺で5歳くらいの男の子を見なかったか?」って聞かれたときに「見てない」って答えてくれると思うんだ。