あの国が大っ嫌い
ルークは、私が着せたワンピースを脱ぎ捨て、初めに会った時の少年の服装を露にした。
「もう、逃げ回るだけの生活なんて嫌だ!強くなって、自分の身も、エイルも守れるようになりたいんだ!僕に、剣を教えて!」
ファーズさんはルークの少年の姿を見て目を見開いた。
「出会った村で、5歳くらいの少年を探し回っている奴らがいたな……」
ぎくっ。
ファーズさんは、どこまでその男達のことを知っているのだろうか。ルークの命を狙っていることも知っているのだろうか?
「生半可な気持ちの奴に剣は教えられない。覚悟のない剣は、身を亡ぼすだけだ」
ファーズさんが、ルークに真剣な目を向ける。5歳にしか見えない相手に、ファーズさんは大人に向けるような目を向けたのだ。
「命を狙われて逃げている。もう、逃げたくない。自分の身を守れるように……エイルのことも守れるように強くなりたい」
ルークがもう一度、ファーズさんに言葉をぶつけた。
「よし。覚悟のある男の目だ。俺で良ければ教えてやる」
にこっと笑って、ファーズさんがルークの頭を撫でた。
覚悟……か。ルークは魔欠落者として、それを乗り越えて生きる覚悟を決めたということなのだろうか……。
私は……。
……まだ、色々と囚われている。
「で、どうしてレイナはここに来たんだ?」
「あ、そうだった!あれよ、あれ」
ファーズさんの問いに、レイナさんが頭上を指差して答えた。そこにはまだ大量に張られたアネクモの糸。
「アネクモのくもの巣?それが、どうし」
ファーズさんの言葉が終わらないうちに、レイナさんが呪文を唱える。
「【収納】【取出】」
足元に、くもの巣が出てくる。
「お、まさか……」
「エイルちゃんが教えてくれたのよ。ふふふ。収納魔法って入れておくだけが使い道じゃないってね。見えてれば収納できるんだから、収穫もできちゃうのよね。木に上らなくてもアネクモの巣取り放題よ!ねー!」
楽しそうにレイナさんが笑っている。
「そりゃいいな。今度からアネクモ退治にはエイルを連れていかなくちゃならないなぁ」
「えっ!ちょっと、なんで、私を連れていかなくて、エイルちゃんなのっ!」
「背負っていくには、エイルのほうが軽いだろう?」
「ななっ、そ、そんなに重くないしっ!っていうか、背負われなく立って自分で歩いて付いていくからっ!」
と、レイナさんとファーズさんが私を中に入れて、会話してる。うー、居心地が悪いです。
私の気持ちを察したのか、ルークが挟まれる形になっている私の手を引っ張った。
「違うよね。本当は、一国の姫に万が一があると行けないから連れていけないんだよね?」
ルークがファーズさんを睨んだ。
「エイルなら危険に晒してもいいと思っているなら許さない」
ファーズさんは、ばつが悪そうに頭を少し欠いて頭を下げた。
「エイルを危険に晒そうというつもりはなかった……だが、レイナを特別扱いしているのは事実だ、すまない」
ファーズさんの言葉に、レイナさんが肩を震わせた。
「特別扱い……私、国は捨てたのよ……」
怒りを抑えた声。いや、押さえているのは、怒りなのか悲しみなのか。
「私、もう姫じゃないっ。特別扱いなんてしてほしくないっ……。」
ファーズさんが困った顔をして、レイナの肩に手を置いた。
「レイナ、本当は国を捨てられないんだろう?」
ああ、それは私も感じた。国をよくするための話とかルークとしていたもの。国のことが頭を離れることはないのかなって。
「状況が変われば、国に戻ることもあるだろう?」
ファーズの落ち着いた声に、レイナさんの押さえていた感情が爆発した。
「状況が変わるって何?結婚相手が、宰相の馬鹿息子から、大臣のエロ息子に変わるって、そういう話?」
え?結婚相手?
「いや、レイナが嫌なら、陛下も別の相手を考えてくださると……」
「別の相手って何?」
レイナさんがキッと、ファーズさんを睨みつけた。
「魔力の強さでしか人を判断しない人たちが、魔力が強い順に私の相手として連れてくるだけでしょう?あんな国、嫌い!魔力でしか人を見ない国……、」
レイナさんの両目から、大きな涙があふれだした。
「ファーズを馬鹿にするあの国が大っ嫌いっ!」
ファーズさんの手を振り払うと、レイナさんは村の方に向かって駆け出した。
「レイナっ!」
すぐに、後を追おうとファーズさんが駆け出す。
しかし、その足は、数歩で止まった。
「せっかく危険を冒してここまで来たんだ。アネクモの糸を回収できるだけ回収して行こうか……」
そうか。私とルーク二人だけを残して去るわけにはいかないから、追いかけられなかったんだね。
アネクモのお尻から回収する糸は丸めれば人の頭一つ分ほどだ。蜘蛛の巣になったアネクモの糸は丸めると頭二つ分ほどの大きさになるようだ。横糸と縦糸があるからかもしれない。
「【収納】【取出】【収納】【取出】……」
木の上にあるアネクモの糸を次々回収する。ルークとファーズさんがまとめて小さくしたものを、収納していく。
「まだ、収納できそうか?」
ファーズさんの問いに、首を横にふる。本当はまだまだ収納できるけれど、それは秘密だ。
「じゃぁ、あとは手に持って行こう。無理するなよ」
ルークは1つ。私は2つ。ファーズさんは糸で器用にぶら下げて背中に20個、胸の前に10個ほど持った。それも、剣を持つ腕とは反対側だけ。
歩き出してから、こそっと、木の上に目を向け呪文を唱える。
火魔法の代わりに、火を付けるのに役に立つ。私にはアネクモの糸はどれだけあっても助かるはずだ。
ルークにも必要なはずだ。でも、ルークは収納が使えない。火打石は腕輪か指輪にするといいかもしれない。指輪で剣の柄をこすると火がつくとか、いいんじゃないかな?
そうだ。アネクモの糸を編んでブレスレットを作ったらどうかな。ブレスレットを何本もつけてるの変かな?
「馬鹿にされてたの?」
ルークが、隣を歩くファーズさんを見上げた。
「ん、そうだな……。火魔法以外があれだからな」
「魔欠落してないのに、剣の腕もすごいのに……?」
ファーズが自嘲気味の笑みを浮かべる。
「お前たちは、ユーリオル王国の人間だったな。俺のいたガルパ王国では、無いことにばかりに目を向ける。いくら優れたところがたくさんあっても、人より劣っている部分があれば、それが評価の基準になるんだ……難しいか?」
「いくら賢く、先を見通せる目があり、民のために尽くす心と知識をもっていている王子も、魔欠落者じゃ王になれない」
ルークが無表情に言葉を発した。